マレーシアで釣った!

クアラルンプール二日目、ゲストルームの朝。
実はこういう安宿を利用した経験はあまりない。
基本的に知らない人と一緒にいるのが得意ではないので、
相部屋というのは選ばなかったが意外と居心地が良い。
これならいくらでもいられそうだ。
シャワーを浴び無料のコーヒーを飲んでいると昼前の時間で人が集まってきた。
なんとヤンセンは宿の下で10時から待っていたとのこと、誰もその約束を覚えてなかったし、
何故かヤンセンは宿に入ってこなかったしで、いや、悪いことした…。
階下すぐ隣のレストランでランチ。

もはや選ぶ必要はない、我々はフードマスター・ヤンセンといるのだ。
僕ととしまるさんはフライド海南鶏飯とチキンカレーをシェア、

カレーには黄色くて薄く柔らかい卵生地のようなパン的なものを添えた。
鶏飯にはやはり揚げた小魚とナッツが添えてあるのがマレーシアらしい。
カレーは非常に重厚で鶏の味がしっかりしている(わけは次の日わかる)。
としまるさんが食べきれなかったカレーをいただくと、
昨夜のファインダーズのナイスなスタッフ・ベンジーがやってきてカレーにターメリック餅米を添えたものをとっている。
ヤンセンがこれも味わえと分捕ったので、腹はいっぱい気味なんだけど食べるとこの米がものすごく美味しい。
ちょっと衝撃だった。
思わずヘビーすぎて残されていたリークワンのチキンカレーを貰ってまた食べてしまった…
マレーシアの食、ヤバすぎる。


ここでとしまるさんはシンガポールに戻りそこから日本に飛ぶのでお別れ。
今回は初めて彼と一緒に海外で過ごし、経験豊富でクレバーな行動には感銘を受けた。
自分のひよっこさ加減を思い知った。
また一緒に旅に出たい。


ヤンセンは少し仕事があるそうなので、ベンジーは町のことをなんでも知ってるから聞くといいと言われて、
釣りのことを聞くと、詳しくはないけどすぐ近くの場所に連れて行くよ、と。
一度行ったという南部の森の釣りの話を聞いていたらとてもじゃないけど落ち着いて彼の食事が終わるのを待っていられず(病気だ)
自分で探すから!と飛び出してしまう。
魚と釣り人はいつも濡れたがる、確かに。


地図で見当をつけ駅を挟んだ大きな公園の中にある大きそうな池を目指して歩く。
暑い、クソ暑い。
まるで八月末の真夏日の日本のかんかん照りだ。
道を越え坂を登りようやくたどり着いた公園は非常に整備されていて、
釣り人は誰もおらず、捕まったらどうしよう、と思いながらも
やめられるずもなく、コソコソと座り込んで仕掛けを作り、座ったままキャスティングを始める。
(釣り好きのために、超コンパクトバスロッド6フィートに極小スピニングリール、1.2号のフロロからバレットシンカー→サルカン→2号ハリス80?→1号チヌ針にケイムラの2.5インチオレンジのソフトワームをセットした)
見えるところに無数に魚がいるが、
少し底の方をデッドスローぎりぎりにすると、コンコンあたりがあり、
間も無くヒット、座ったままなので竿先が地面より下に行きそうになる引きで、
上がったのは、真っ赤な目をした、サンフィッシュかバスの類の鮮やかな魚だ。

冷静に、興奮する。
何かペナルティを与えられてはことだし、魚のダメージも考えて慌てて写真を撮りすぐにリリースする。
キャスのたびになにか反応があり、
非常に美しい全身オレンジ色の魚が釣れた。

そして一番強い引きは色こそ地味だがとても良いファイトをする魚で、釣り味抜群!

釣り人は竿と腕に味覚があり、それを味わう。
たまらない気持ちだ!
この魚をリリースするときに指を噛まれたのだが、鋭い歯に指先を切り裂かれ血が出た。
これすらも嬉しい。
程なくしてなにか一瞬の強い当たりがあり、
引き上げると硬く強く粘りのある炭素鋼のチヌ針は噛み切られていた。

何がいたんだ!!
開高健オーパ!でマスタッドの炭素鋼の針が同様にピラーニャに噛み折られていたのだが、
ここにもそんな魚がいるのだろうか?

続けたいがヤンセンとの約束の時間が迫っている。
30分少し、まったくしない場所で初めての仕掛けで未知の魚を三匹、
だいたい30センチ前後、しかもルアーで。
よくやれた。
南国のここでいかにもトロピカルでカラフルな魚を釣るのは、僕の夢だった。
誰の力も借りずそれが叶った、満足だ。


大急ぎで酷暑灼熱の中を急ぎ足でランチをとった店に戻る。
その前に祝杯、ビールだ!美味すぎる。
店にはヤンセンとビジュアルアーティストでディレクター、
先日のフェスに来てくれていたセーワイが待っていた。
ヤンセンのお勧めで「レモンバーリー」を貰うと、
レモン水の中に蒸した麦が入っているような不思議な飲み物が来た。

子供のいたずらのようで面白い。
確か麦は体温を下げるはずだ。
セーワイはヴォイスパフォーマーとして大友さんたちのフェスティバルに出演するため近く来日するが
本来は映像の人だ。
マレーシアのアンダーグラウンドな(最近はエクスペリメンタルな、というのが盛んだが)シーンや動きについて、知りたいことは山ほどあるので
いろいろなことを教えてもらう。
まずそれにはこの国と町の成り立ちや歴史をかいつまんで教えてもらわなくてはいけない。
特に3つの代表的な人種、70%近いマジョリティで政治中枢にいるムスリムのマレー人、20%はいない経済力のある中国系、第三の多数であるインド系と近年流入の激しい西アジア系の移民達のあまり表沙汰にならない関係を
2人に聞く。
ヤンセン客家系だそうで、その話がまた興味深い。
僕が大好きな肉骨茶(バクテー)は彼らの祖先の苦力(肉体労働者)達のためのものだったそうだ。
話は弾みまくり、今度はインド人街を見て回ろうと歩くと、雨の気配。
ここでは昼の熱気がまるで鍋の蓋の裏に溜まる水滴のように集まってやがて大雨になるのが、手に取るように感じられる。
冷やされたら雨は止む。
雨宿りで通りすがりの中華系文化リサーチセンターの中にある茶料理の店に入る。
お勧めでお茶は水仙、軽めで非常に美味しい。
お茶請けにはライチと烏龍茶で煮込んだ揚げ鶏と饅頭。

お茶のせいか鶏肉は見た目よりかなりあっさりしていて橋が進む。
お茶関連のレクチャーも受け、食べ物の話、お互いの国の文化の違い、
普段は突っ込んで話さないようなところまで、
会話に尽きることはない。
彼のあだ名はフードマスター、クアラルンプールの美味しいところは全部知っている、
本当に全てを堪能したければ毎食食べて2ヶ月はかかると豪語するだけに、
彼のチョイスは抜群で疑いようがない。
他にほとんど誰もいないというマレーシアの二人のインプロヴァイザーの一人で(もう一人は今回のオーガナイザーでノーインプットミキサーのゴーリークワンだ)、
共演者も共に音楽の話ができる人もほとんどいない中、
一人で自分の音楽を生み出し育ててきた人だ。
初めて早稲田の茶箱で音を聞いた時から、なにか不思議な繋がりを感じていた。
何かが自分と同じで、周りからもよくそう言われる。
お互いを兄弟と呼び合うのに時間はかからなかった。
とにかく話が止まらないので、雨上がりにはインド人街に行く時間を失っており、
またもといたチャイナタウンに戻り、会場であったファインダーズの一階にある
素食(ベジタリアン中華)の店でもちろん彼のセレクトで。
お店の人と彼らは非常に仲が良いようで、
店内では旧正月用のなにやらクッキーのようなものの準備に忙しく、
僕らのテーブルにおすそ分けされたそれは、
見かけ以上の美味しさで、何か聞くといまいち言葉がわからない、
シーワイがスマートフォンで見せてくれた写真はどうも「くわい」で、
僕が日本のそれを見せると、これだこれだと店長大騒ぎ。
くわいって揚げたらこんなに美味しくなるのか、知らなかった。
ヤンセンのセレクトは三品、野菜と揚げ豆腐のオーブン蒸し焼き、たくさんのキノコの炒め物、
ブッダヘッドという意味の主菜は、タロイモで作った器の中に様々な炒め野菜が細かく切って入った手の込んだもので、
どれもとても美味しかった。


道教の食事である肉そっくりのものはあまり好きじゃないらしく、
それなら肉食えばいいし、そういうものは大嫌いなMSG(化学調味料)がたくさん入っているので食べない、とのこと。
そういえはここの料理、全くその手の味がしない。
大変美味しかった。
ごちそうさま。
夜には用事がある彼らと別れ、僕はいったん宿へ戻る前にビールを買いに行く。
安い地元向けのコンビニに入ると昨日知り合った同じ宿の日本人の人が、
ビールならここじゃなくて隣の方がいいと勧めてくれた、
行くと何やら高級そうな店だが、奥のケースにあるビールは3本で10リンギットと破格に安いので購入。
聞けばモグリの酒屋らしくその分安いらしい。
宿に戻り彼とこちら在住で働いている方々と乾杯。
2人以上で日本語を話すのは久しぶりなきがする。
いろいろと教わることはあって、これまた楽しい。
長々と話、最後にはトルコ人のシェフでここに滞在してる人との食物談義も楽しかったが、
どうしても行きたいところがあったので、失礼する。


昼間、ヤンセンの車で移動していた時、駅前の川に何やら大きなものが泳いでいて、
よく見るとなんと、ワニ!
どうしようもなく汚い川なのだが、まさか首都の主要駅前の川に野生のワニがいるとは思わず度肝を抜かれた。
ワニがいるということは、ワニの餌である魚がたくさんいるはず。
もしかしたらワニが釣れてしまうかもしれない…
たまらず出かけることにした。
もう零時を過ぎている、街には怪しい人たちと道端で眠る人達と(女性もいる)久々に見る野良犬と野良猫くらいしかいない。


僕はこの街の治安のことはよくわからないが、大丈夫だと判断して、
昼間に目星をつけたところまで歩いてみる。
なかなか川に降りる道が見つからない。
一度川縁を歩く上半身裸の男を見つけたのだが、消えてしまった。
おそらく数キロも歩いて危うい工事現場なども乗り越えて、
やっと降りる道を見つけた。
全て舗装されていて水はかなり汚い。
道路から染み出した謎の水が流れ込んでいる。
早速仕掛けを作ってキャスト。
もともと僕はルアーマンではなくあまり此の手はうまくない。
なんとか少しできる程度だ。
流れのある場所はなかなか難しい。
暗いのと慣れていない道具のせいもあって、道具トラブルが頻発するが、
めげずにしつこく道具を整備してトライする。
確かに少しライズはあるのだが、とにかく釣りにくい。
そして危険を感じるほど、水が汚い。
飲んだら一発死にそう。
かなり頑張ったが、2時半頃に大きな道具トラブルががあってギブアップ。
これ以上やると疲れも残り帰りの長距離も危険だ。
残念だが、ワニがいる川で釣りができた、というのだけが慰めになる。
帰りの道は高速道路に迷い込んだような危険な道を乗り越えて、変な場所をすり抜けて街へ戻る。
途中で大きな木に伝わる電線沿いを、見たこともないような4本足で尾の長い生き物が器用に渡っていた。
ここは街だが、野生だ。
45分近く歩いたことのなかった道を歩き続けなんとかチャイナタウンに到着。
疲れに疲れ果て、どうしょうもないのに興奮が止まず眠れにつけない。
明日はとうとうマレーシアを離れる日だ。