a snare is bell,ランチ、ディナー

朝起きて一番に昨日もらったレコードをかけてみた。

静かに粒だって、広く高いであろう空間に響いているスネアのロール。
建築に興味があるという彼の言葉は、こういう意味だったのだ。
ここは教会だ。


遠くかすかに歌われる卑俗の民の聖歌、雲のような声。
倍音なんてものじゃない、響きが無限に変化する。
スネアのロールは永遠に止まらない。
美しさの果ての果て。
不意な音の変化に体が勝手に反応してしまう。
途中からどうなっているのかわからない、これはただのスネアのロールなのに。
最後の怒涛の滝のようなロールが突然に終わりを告げる。
聴いている自分の体まで止まってしまった。


数秒後、スネアの響き線をはずす音で終わりが告げられる。
なぜか出てしまう溜息。


音楽があり続ける昔々からと同じ基準で、美しく強いもの。
宗教にも社会にも何も頼ることのない独立した個人の対峙でありながら、
なにかものすごく人間共通のもの。
たまらない気持ちにさせてくれる。


なんてことだ。
プレイヤーからレコードをおろせないじゃないか。
この日6回も乗せっぱなしで再生した。


これを書き終わった後の空しさ。
彼の生の姿を見て、かつこれを聞いた人にしか伝わらないであろう何か。


ワルヴィスでお茶して長く話した。
仕事とかなんとかじゃなくて、日本に行ってみたい、演奏してみたいと思う。
daysukeと知り合ったからね。
彼はこういった。
また新しく、強い夢が生まれた。
彼を日本に連れて行きたい。
ワタンベにタツヒサ君に、みんなに会わせたい。
彼の音が日本に響く日を、いつか持ちたい。
その日にもちゃんと彼の前に立てるように、真っ直ぐな音楽家でありたい。
ありがとう、エリックシールマンス。


+++++




今日は今回の滞在あと2週間の間で唯一最後のオフの日。
チーズはスーパーで買おう、お昼は主婦連合でランチ会。
レコーディングから帰ってきたグレッグを待ち構えて夜は小さなディナーパーティー



昼に開店一番のスーパーで必要なものを買い物してみくさんちへ。
一緒におしゃべりしながらランチつくり。
こういうときの僕は男ではない。
おいしいご飯をゆっくりマテ茶といただいていたら映画の作業中のクリストフが帰ってきた。
こないだの写真を見せてくれた。
僕は基本的に自分の写真は好きではない。
取られるのも苦手だし、自分の見かけも好きではない。
でもここなら少し違う。
しかもアナログで、撮っていた人たちがその時間を愛し楽しんでいたことを肌で知っている。
どれがいいかなあ、といわれてもどれもいいような気がする。
でも一緒に選ぶ。
それだけのために作業抜け出してきてくれる彼の気持ちの暖かさ。


みくさんの友人を伺って皮を分けてもらった。
服や小物を作る作業部屋はいっぱいものがあって楽しい。

これで後でtubaの胴巻きを作る予定だ。


夕方に久々の作り物をする。
みくさんのお友達から譲ってもらった皮でtubaの胴巻きを作る。
あまりに演奏しすぎて手でこすれて磨耗で金属がなくなってきた。
たった10年でこんなことには絶対ならないはずなのに。
僕の軌跡だ。
ぐるり巻いて靴紐で編んで完成。
これでまた数十年は持つだろう。


++++


昨日からはじめた、グレッグ邸のお宝探し。
僕が泊まっているのはグレッグのおうち。
身長2m7cm体も心も大きいナイスガイ。
音楽への愛情もドデカイ。
僕なんかとは比べ物にならないほど世界中を旅している彼のレコード探索。
書ききれないので詳しくはまったく書きません・・・。

ぱっと目の前にあるCDだけでも量はともかくすごい質。
今こちらで一番興味のあるアフリカ系のものが特選。
エチオピア、マリ、セネガル、ブルンディ、もっともっと。
アジアはこないだ旅してたベトナムの口に弦くわえて共鳴させるバイオリンとか
現地ものがさまざま。
もちろんジャズもソウルもなんでもござれだけど、今回は特選世界からの音楽を選ぶ。


「これら、ある方法でもらっていいかい?」ときいてみると
「この家にあるものは全部自分のものだと思ってよいって、言っただろう!」
といわれる、のでそうさせていただく。


僕はCDのコピーには大して反対しない。
本人に知られないようにやればいい、僕のでも。
音楽を独占することよりも広がっていくほうが好きなたちだ。
選び抜いても結構な数になる、文字だけではつまらないのでジャケを真似して落書きする。


久しく忘れていた絵を書く楽しさ。
子供のころにおいてきてしまったあの喜び。
ちいさいころにはご多分に漏れずお絵かきが大好きだった。
なんにでも書いてよくしかられた。
小学校に入ってからだ、絵を描かなくなったのは。
これはおかしい、変だ、間違っている。
投げかけられた言葉で、絵が好きな心が死んだ。
ここにきてまた少し取り戻した。


この町で僕は馬鹿にされたり笑い者になったことがない。
子供のころ日本でもっとも嫌いだったことは、笑いの暴力だった。
ここでは心の底から笑える、微笑める。
笑いは攻撃ではなく、祝福だ。


じつはグレッグの本当の秘蔵はアナログレコードだ。
家のCDプレイヤーが壊れているのでレコードばかり聴いている。
世界中の店やフリマで買ってきたというコレクションは本当に素晴らしい。
手に取る喜びにあふれている。
一個一個が宝物のようだ。
もう失われてしまった録音や愛情がここにある。
一緒に聴く楽しみが好きだ。


+++


夜はパクヤンちでディナーパーティー
とはいえほんの少数だけのみうちもの。
オランダとかデンマークとかに出張中の彼氏ジョヴァンニは
「俺のいない間にdaysukeたちとパーティーするな!」と不在を寂しがっていたが
みんなでやっちゃいました。
パクヤンと月曜マルシェで買い物。

ここは少し高いけどクオリティはいいみたい。
おやつにガトーショコラ、世界一おいしいチョコケーキ。
グレッグは常連で、彼の名前を出しただけでクッキーがおまけでついてきた。
たぶん0度くらいのめちゃくちゃ寒い中、二人で食う、おいしい。


夜家に行くと引越し直後で女手ひとり、しかも僕らと毎日のようにライブをして
合間に車で1時間離れたアントワープでワークショップの講師と音楽の先生までしている
というのに、よくまあ片付けたものだ。
僕の倍のパワーが、この小さな中国人の女の子の体には詰まっている。


なっちゃん、サックス吹きのダニエレ、レコーディング終えたグレッグと僕ら。
初オーブンで焼いたラザニヤはホウレンソウ、三種のチーズの中でもパルミジャーノ
贅沢に山のように入っている。
僕のサラダは持ち込み食材で、シャンピニオン、にんじんと頂き物の大根。
ジョヴァンニの実家から送られてきた超極上オリーブオイルとバルサミコ、ちょっと醤油。


ベルギービールで乾杯。
ダニエレは話すとイタリア人、ジョヴァンニと同郷でローマ人だった。
イタリア、中国、ベルギー、日本。
会話の軸は英語だ。
フランス語のパーティーだとどうしてもついていけないところがあるので助かる。
冗談も連発できるし、なんとかほとんどわかる。
イタリアでこんなに日本のアニメがはやっているとは知らなかった。
ほとんど同時代物が遅れてやってたみたい。
ケンシロウもアラレちゃんもなんでもかんでも歌つきで説明するダニエレ。
そういやニコはマルオスエヒロの大ファンでスペイン版を持ってたなあ。
もうみんなおもしろすぎる、グレッグとダニエレのトークはもはやスタンダップコメディだ。
笑いすぎで腹と顎が痛いよ。


音楽の話ももちろんたくさん話し込む。

みんな違う文化で育ってきたから、少しずつ話題を持ち寄るだけでなんて幅が広い、
世界には知らないことがたくさんあることを、たくさん教えてもらう。
未知のものこそが最大の喜びなんだ、僕らには。


そして不意に出てきた。
「daysuke、あなた本当に来年のこのころに、また来るのでしょうね?」
もうすでに来年の話しも始めている。
おそらくもう1年先の予定まで組まれていくだろう。
劇場のフェスにエントリーもし始めているのだ。


ZUという日本にもよく来ているバンド、ベースのマッシモと僕のライブは今回できなかった。
多忙な彼と僕で予定があわなかったそうだ。
ダニエレは突然「クルワサンは車一台でイタリアに来れるか?」ときいたのだ。
それならば、来年イタリアツアーを企画しよう、という。
ZUのメンバーとのセッションはパクヤンの以前からの計画だ。
合致すれば、また夢が叶う。
3年前イタリアにいって悔しい思いをして、いつかここに個人で帰ってくる日を夢見た。
これももうけして無形の夢ではない。
いったい僕の夢はどこまで叶っていくんだろうか。


全員次の朝が早いことが判明、眠いのに楽しくて帰れない。
何とかお開きにして解散。
ご招待ありがとう、というと、来てくれて本当にどうもありがとう、といわれた。
友達同士で家族で、毎日抱きしめてはありがとうということに
ものすごい大切なことがあると思う。
お互いにこうやって素直に愛情を表現することがあったら、
絶対寂しい気持ちになんかならない。
今晩も幸せだった。


帰り道すがら、またグレッグと音楽の話。
daysukeがこっちにきて、いろいろなところとつながれてハプニングが起きて
毎日音楽がさらに楽しいよ、ありがとう、
アナ・ファルハーンと彼は肩を抱いた。
僕にはもう感謝の言葉はこれ以上何も出てこない。
生きている中で、あなたといれて幸せです、とこれから何度言われることだろう。
音楽やってて、本当によかったよ。

喜んでるだけじゃなくて、人を喜ばせるって、すごい嬉しいことだ。
ありがとう、グレッグ。