lidlbojライブ

オフ、というか午前中はベッドで気絶してた。
朝帰りはきくわ。
しかしここにいると余り大量に寝なくても良い。
ストレスがあまりないからだと思う、睡眠は脳を休めるのが主なんだ。


昼に起きてまず市場へダッシュ
カレンダー見たら今回の滞在でブリュッセルに入れる日曜日は今日が最後。
すぐ近所のパルヴィの日曜マルシェはそんなに大きくないけどいい感じで
野菜は安くていいのが大量に買える。
来週半ばからバルセロナに行くから少し控えめに買い物しないと。


まずはみくさんおすすめのきのこが安い八百屋へ。
籠いっぱい手に持った重いほどのマッシュルーム(シャンピニオン)がたったの3ユーロ。
毎日食っても1週間近く持ってしまうのだ。
たまねぎやトマトも補充、もうすっかりスーパーマーケットにはいかなくなった。
いつもの頑固ジジイ、そろそろ顔覚えられたか。
フランス語しか話さないのでコミュニケーションは野菜の売り買いのみ。
次ぎ会うのは来年、また来るよ、と僕は日本語で言った。


サラダとスープをいっぱい食べて元気補充。
やっぱうまいよ生のシャンピニオンサラダは。
新鮮なきのこサラダ食べるのは日曜一番の贅沢。


エクスポジションやってる会場へみくさんに会いに行く。
アートの展示と手作り作品の販売をやってる。
現代アートにはそんなに詳しくないのだが、まずあきらかに建物のほうがいい。
ただの公共施設だそうだ。
そして手作りの小物などにクオリティで負けてたらいかんだろうに。
職人仕事に負けるアートに金など出せるもんか。
ここでもやはり愛情のほうが勝つ。


グレッグがカレーを作ってくれる。
新鮮なビーツと生姜のタイカレー。
グリーンペーストを使ったのに見た目はまっかっか。
パクヤンもやってきて3人で楽しい食事。
彼女が来るのでもちろんベジーでグレッグが作るので全部BIO、オーガニック。


今日は待望のライブ鑑賞、みんなもいく。
ベルジャン時間を考慮に入れて少し遅れて到着するように徒歩でセントラルへ。
道すがら昨日のライブのことや音楽のことをグレッグと話す。
やっぱ感じてたことは一緒だった。
大男のグレッグの早足は僕でもついてくのがやっと。


こないだUKIYOの爆発的なライブをやったロスカム。
フランドル通りにあるフラミッシュらしいお店。
バンドはこないだのオフに見に行ったエリックシールマンスとリンの参加バンド、lidlboj
あのときのライブは飲み客がひどくて聴くのが大変で2部やめちゃったんだ。
ロスカムは一応聴く席と飲む場所が分かれているからましなはずだ。
あの音楽を集中して聴けるのはどんなだろうと心が沸き立つ。


男神話顔イケメンのヨゼフと我らが歌姫リン、メシアニストのヴァンダーヴェルフ、
そして猟師顔のスーパードラマー、エリック。
始まりはごくごくソフトに。
ヨゼフのフェンダーローズからつぶやきのような音がこぼれてくる、
耳を澄ますとささやきのような長い吐息にエフェクトがかかったリンのボイス。
零れ落ちる物音はエリックのまるでやる気のないような姿勢から繰り出される。
完全なリラックスは人をこうまでも、たらーんとさせるのか、
腰を落とし壁に背中を完全にくっつけて叩いている。
ヴェルフのサックスが前よりちゃんと聞ける、この人も必要なのがわかった。


音に耳のフォーカスが合うと後ろの飲み客の喧騒がまるでフェーダーを下げるかのように
消えていく、観衆の集中力が室内に満ちていくのが触れるかのようにわかる。
音量が、エネルギーがじりじりと数え切れない粒子の増殖のように部屋に満ちていく。


ヨゼフの指先にはそれぞれ脳がついているかのようだ。
独立して動くかのように赤いローズの上を踊る。
左手はMDI鍵盤を駆け巡る、音源はMAC
とてつもなくクールでエキサイティングな音の海の中を泳ぐのは
まるでスタンダードを歌うかのように魂込めて歌われるリンの歌。
ヴェルフのサックスは控えめでまるで踊る従者のようにも見える。

1部が終わったあとの歓声。
見渡せば知っているミュージシャンが山のように来ている。
オフの日にはみんな約束なんかしなくても良いライブに集まってくるのがここの普通だ。


酔っ払いの喧騒がボリューム上がっているが、それを押さえつける力もまた強くなっている。
今度はまるでジャズとブレイクビーツが媚びず嫌いあいながら美しくあるかのような。
もう駄目です、俺エリックに目は釘付け。
この人、目を閉じて誰のことも見ません、全開に開いたセンスですべてを受け止めている。
全員エレキ音の中の生音アコースティック人力がどれほどシンプルで美しくあるか。
見た人しかわからないだろうな、この人の魅力は人間が音楽にそのまま出てるところだ。
しかもその出てくる音楽の嘘のなさ、強さ、美しさ。

浮き立たない高揚が止まらない。
1ステージ1曲の即興とも楽曲とも説明のしようのない音楽。
どちらかというと怖い顔のヨゼフとエリックの、ある瞬間の音のとき、
二人は目を開き見合わせ、たまらない、という表情で笑った。
この笑顔、一生忘れない。
一瞬だけでいい、人は本当のつながりをこうやって持つんだ。


2部が終わったあとの爆発的な終わらない拍手。
このライブも無料、飲み屋でやってる誰でこれる、酔っ払いもやかましい。
有名も無名もなくただ強く美しいものに感謝と賞賛をこめて拍手をする。
夢見るような表情で無心に手を叩くグレッグ。
演奏可能時間はとっくに過ぎているのだけどアンコールやらないと収まらない。

リンのボーカルから始まって驚く。
I love you pogy
ジャズのドスタンダードだ。
切り詰め絞る霞のようなリンのスモーキーな声。
絡みつく非構築的な電子音、遠くで誰かが吹く笛の音。
エリックの一打一打はもはや見逃せない宝だ。
曲を知らない人の誰がこれがスタンダードジャズだと気づいただろう。
リンの歌の強度はスタンダードそのままのものだった。
しかしそこにあるのは、本当はジャズはこうやって歩むこともできたのだという
素晴らしい可能性を僕らに見せくれる、夢のようなものだった。
僕がジャズを好きになった理由がみんなそこにあった。
それは電化された植物が自律して育ち、森を形成していくのにも似た
不思議で美しい、たまらない音の形を伴っていた。


音楽を言葉にする愚かしさを僕は十分知っている、
だけれどもあの興奮を抑えることはできず
あのときの空気の中に消えていった音を朝に思い出して
たまらない気持ちになったのを、こうやって推敲も何もせず書く。


into the sound.
最高の賞賛。
うまくに日本語には訳せない。
音の中へ、彼らが入っていった。
それをただただ僕らは見守り、幸せな気分になった。


エリックとリンに駆け寄ろうとしたら二人ともこちらにやってきた。
どう?楽しんだかなあ?みたいな軽い顔で。
こんなとき下手な英語もクソもあるものか。
全身でこの興奮と感謝を伝えるしかない。
僕の顔を見ればわかるだろう!
こんなすごい人たちと僕は共演し、友達になったんだ。
リンはもうすでに今日のことよりも
今度バルセロナで僕らが一緒にやることを楽しみにしてる。


周りにいるミュージシャン仲間友人たちの元気な顔ったらない。

パリから電車朝帰りで2時間寝ていなくて指圧のレッスンで朝から晩まで動いてた
グレッグはくたくたのぼろぼろのはずなのに、なんでかわからないよー、といいながら
音楽のエネルギーを受けて感動を力にかえてめっぽう元気だ。
合間にまたしても数人が僕をライブやレコーディングに誘ってくれる。
こんなにすごいライブ見た後に、俺のこと誘うの?
もうほんまに、言葉ないよ、ここの素晴らしい音楽の関係性に完全に脱帽する。


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終わったあとに、あ、そうだそうだ、とエリックがかばんから取り出して手渡してくれた。
一枚のレコード。
約束どおりもってきてくれた。
彼の初めてのソロ作品。
スネアドラムと彼の肉体、教会の中で10本のマイクを立て
オーヴァーダブもミキシングエフェクトも使わなかったという。
a snare is bell


ああ、まだこれ以上の喜びを与えてくれるのかこの人は。
感謝の言葉ももう見つけようがありません。
ベテランでこの国ナンバーワンドラムの彼が、やっと昨年作ったソロ作品。
寡黙で美しいアートワーク、そしてなによりヴァイナル、アナログレコード、45回転片面。


本当に売れるとか売れないとか、本当の本当に関係ないんだ。
どんなに良いミュージシャンでも直面する現実にまっすぐと美しく立とう。
楽家は職業にあらず。
アートでも自己表現でもない。
彼に限らず、これは生き方だ。
そしてそれがこのように強く美しくあることに
僕は夢を見る。
僕は今夢の中で生きている。

この店で一番高いビール、ロシュフォール10で乾杯。
猟師顔のエリックは酒を飲まない。
どうやっても僕の喜びのすべてを伝えることはできないだろう。
僕はこういった。
「今日が僕のサン・ニコラ・デーであなたが僕のサン・ニコラだ」
サンタクロースのもとになったこの聖人の名前を借りて感謝を次げた。
パリで繰り越したサン・ニコラ・デーがブリュッセルでかえってきた。


これで長かったこの日記は終わり。
多くはないだろう読者のかたがた、ありがとう。
たまらない気持ちにさせてくれる音楽が、まだまだあります。
せっかくエリックが共演誘ってくれたけどその日はライブ入っちゃった。
オーノー、という彼、俺もだって。
でも生きてればいつか絶対できる。
本当に音楽家やってて、よかったよ。
グレッグとパクヤンと帰る徒歩の帰宅はけして遠くも寒くもなかった。