播磨灘で見た何か。

ある日のこと。
地図で見つけた釣り場を探り釣りして二日目。
昼間はテトラポットの長い岸をスパイク履いて飛び回って釣り。
だいたい天気の良い昼間には魚は影を潜める。
人工の岩礁であるテトラ帯は魚達の格好のすみかだ。
ここなら昼間でも、根気よく探せば釣れる。


夜が来た。
蛍光の釣り糸が目視できなくなったらテトラはおしまい。
ただでさえ危険な高所で、夜は危険が倍増する。落ちたら助からない。
そこからは長い長い沖に伸びる堤防を丁寧に攻める。
ここには手すりも何もなく、危険ではあるが釣りはしやすい。
前日も来ていたので、何やら奇妙なのは、日が暮れると釣り人たちは足早に帰っていくのだ。
釣りをしない人は、夜に釣りなんて、というが、夜釣りはほぼ確実に釣れる。
こんな環境の良い所で釣らないなんておかしい。
ここには無料の駐車場も有り、24時間自由に出入りも出来る。
おかしい。


まだ2日してきていないので分からないが、これだけ潮通しが良いのに、
夜になるとぱたっと魚信が絶える。
見た感じでは大釣りの予感さえさせる絶好の場所なのに。
1キロ近くあるだろう堤防に釣り人は2,3人しかいない。不気味だ。
探って探って、全ての際を探ったがかすかなあたりが数回だけ。
一番沖の突堤付近は、水深もかなりあり潮もあたっているので、
どうみても大物が潜んでいるはずなのに、何もあたりがない。


ため息ばかりで、そろそろ上がるかな、と思ったときに、それが聞こえた。


最初に思ったのは、苦しげな呼吸音、
そこに絞め殺される鳥の声を混ぜたような、
こちらも息苦しくなるような「何がが吸われる音」だ。
結構音量がある、その発生源を探すと、
一瞬、海面に穴のようなものが生まれ、消えた。
最初は、人が溺れているのか、と思った。
昨年の元旦に隅田川河口域に流れてきた
死にかけの老人を救出した時を思い出す。


しかし、その「穴」は30秒後から1分後位の感覚で、
人間では到底移動することが出来なさそうな距離に、間欠的に出現する。


第一、この突堤のあるところは、瀬戸内は播磨灘
工業地帯に面した内湾はここから数キロ以上あり、
四国を挟む明石海峡付近の潮流は激しいことで有名で、
到底人間が泳げるような環境ではない。
不気味で苦しげな音の出現に、釣りはおろか動くことも出来ず、
次に現れる「穴の音」を待って息を潜めることしか出来ない。
あれはいったい、何なのだ?


数分間現れなくなり、消えたのかと思ったその時、
少し遠くの沖に、人間と同じかそれよりも大きいくらいの
何かが海面に浮いている。
工場の遠い灯りとたまに降り注ぐ灯台の緑の灯りでは、
判別ができない。
凝視していると。「それ」は
気味が悪いことに「少し光って」から海底目指して沈み、
二度と上がってくることはなかった。
もうすっかりやる気を失った僕は、
このあとすぐに片付けをして帰ることにした。
後味も気味も悪く、落ち着きを失っていたのか、
仕舞うときに竿先を折ってしまった。
未だにあれが何だったのか、よくわからない。
数日前の、実話です。