散歩、高所作業超人パパ、ラカトシュ

今回はいつにもまして長文です。三日分くらい書きました。濃い一日でした。
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グレッグが突然「今日は父の記念日なんだ」(性格にはanniversary)といった。
なんの?ときくと「父が片足を失ってからちょうど50年の」とのこと。


絶句。
前にも何度も書いたが、多彩な芸術家であるお父さん、あちこちに自分ひとりの力でたくさんの建築物を建てている。
http://d.hatena.ne.jp/daysuke/20081101
去年モロッコに行く前日に泊めてもらった実家はちょっとした小学校くらいの大きさと複雑さがあった。
さすがに完全に一人ではないものの、ほとんど一人でやったそうだ。電気も水道ももちろん。
こないだ遊びに行った近所の新しい目の家はこれまたとてつもなくでかく、200人は入る音楽ホールがメインルームで
ついこないだまで壁と天井しかなかったのを買取、複雑な三階建てに床と階段をつけ、美しい家に作り上げた。
現在のガールフレンドのために作ったみたい。しかもたったの1年半で!
僕の知る限り「超人」とは彼のことなんだが(ほかに知らない)、片足ないの?!
右足の膝から下がこの50年ないらしい。
・・・。すこし立ち方が不安定かな、とか思ってたけど、彼はむちゃくちゃ歩くのが早いのだ!
人間、やりたくなれば何でも出来る。
自分のその口だと思っていたが、世界は広い。素晴らしい。
ちなみになんにもできないうちから諦めるような人間は、もはや生きている価値はない。
環境の迷惑だ。


ちなみにいま子供たちの家(今いるところ)の3階に突然テラスを作り始めたお父さん。
あっという間にすごいの作っちゃうんだろうなあ。
もちろんこの3階建て地下に音楽室つきの3兄弟が住む家も、お父さんが建てた。あっという間に。
たぶん金のために家建てた事ないと思う。ステンドグラスの芸術家で小説家だから。
建築家の諸氏、どう思います?


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こないだからグレッグは朝から妙なものを飲んでいる。
いっけんタイムの大袋みたいなのから奇妙な入れ物に大量にお湯と入れて。
なにこれ?

まあ周辺に南米関係に博識な方は多いと思うので、我が無知を笑ってください。
知りませんでした。マテ茶の伝統ポット。
マテ茶、と日本で言うが、どうもそういうのは日本だけみたいだ。マテ、といっていた。
奇妙な網越しのストローで吸って飲む。ちょっともらった。
うわあ、これはなんとも言えない味だ。
しかしなんとなく癖になり、もらう。


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今朝のメニューは、適当アジア風。
にんにくとたまねぎ、セロリ、トマト、豚バラ肉(分厚い)、マッシュルームなどを
オリーブオイル、塩コショウ、クミン、コリアンダーパウダー、ローリエ、砂糖、醤油などで炒めて煮る。
ぱさぱさの米も炊いておいて、アジアごはん風。
こういう発想と感覚の料理を欧州人で理解しない人は多い。
アジア贔屓のグレッグも知らないから手をつけない。
んまいなあ、付け合せは漬物の代わりにチコリとマッシュルームのサラダ。


かけるオリーブオイルは近所のモロッコ八百屋で売ってるモロッコ産。
とにかく香りが強烈、少し塩気を感じるくらい。手にかかると臭い、という人もいるだろう。
どんな高級オリーブオイル(ここでは簡単に安く手に入る)よりもモロッコ産のくっさいのが好きだ。
スパイスもここにあるのは全部モロッコから直送。


輸入品、と聞くと日本の健康志向のかたがたの眉はひそまるのだろうが
車で1時間ちょっと行けばいくつもの国にいけるここベルギーではその感覚はない。
聞けばベルギー国内だけ生産できる作物は限られている。寒いし。

オランダからフランスから、とてもよい野菜が毎日届く、家のすぐそばの市場に。
毎朝往来に立つ市場は、僕の遊び場だ。


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さて、今日はオフだ。
飯も食ったし、散歩をしよう。
少し本も見に行こう。
リサイクルショップの本屋が、結構いいんだ。
今月は僕は本当にライブがないから、金も全然持ってないんだが、
これだけお金なくても都市生活が楽しめるところを僕は知らない。
観光客には無理だ。この町でツーリストを見たことはない。


散歩中に靴が壊れた。
そろそろ寿命かと思われる靴を履いてきたのだが、ついに来たか。
これはもともと友人の瀬尾さんにお古をもらったもので、履きに履きまくっていた。
サイズが少しでかくて紐がすぐ解けるけど履きやすくて重宝していた。
というわけで馴染みの古着屋を巡る。
これだけ古着屋めぐりをすると目も肥える。そうそうは買い物しない。
あちこちいって、靴の量ならあそこ、というところで、見つけてしまった。


mephistの黒皮ショートブーツ。サイズはばっちりちょうど。
フランスのビルケン、という感じの足に配慮したウォーキングシューズ。
オールハンドメイドでゴアテックス内張り。履いてみるとジャストフィット。
僕にしては少し値が張る(それでも日本では1足の新品スニーカーも買えない値段だが)。
しかし、この石畳の町を毎日数時間歩くには、靴は非常に重要だ。
少し悩んで購入。
すぐに履き替えて、お役ごめんになった靴に感謝、路上においていく。

こうすると、また次に誰かが持っていって履くのだ。
うむ、これはいい靴だ。衝撃吸収や分散が計算されているらしい。
不思議なことに履いているだけより、歩いているほうが楽、というのが面白い。
よろしく相棒。


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ここで中断アリ。


やっと手に震えが収まってきたので書く。
散歩していろいろ収穫があって、ホクホクと帰ってきてちょいと連絡作業していたら
グレッグが作業着姿で「daysukeは自分をとても力持ちだと思うか?」と聞くので察して
「分かったよ、手がいるんでしょ」と軽く着替え階段を上がった。 まず少し後悔した。


前日記の通り朝からグレッグのパパ(ベルナルドかな)は高所で作業、
突然「子供たちの家に空中テラスを作る」とノタマイ、何もない2辺の壁に三角形に 鉄骨を張り巡らせている。
どうしても持ち上がらないのがあるから、手伝って、と。 幅数十センチの鉄の板がペロンと一枚、
やぐらの天板にかけてあるのだけが、橋。
「高所恐怖症じゃないよね?」という。 違うけど、さすがにこれはちょっと怖いよ。


下を見る。
こっちは建物の背が高い。居住部分で言うと3階と4階の間くらいだけど
実質子供のころにすんでいた公団団地の最上階と同じかそれ以上高い。
細い鉄パイプでむちゃくちゃぐらぐらする頼りない即席のやぐらの上に 2m7cmのグレッグと、
1m95くらいありそうな大男のパパ、さらに僕。
畳一畳くらいもないんですけど、足の踏み場。


二人助手で大工が来ているが、危険すぎて上に上がってくれないらしい。
腹をくくって、鉄骨を持ち上げる。 なにせ2階のテラスから4階まで届こうという全長、重いのなんの。
グレッグはこの身長でかつ物凄い筋肉である。 僕は地上なら150kgまでは担いで持ち上げることが出来る。
なのに、じりじりとしか、持ち上がらない。 そして超人パパ、片足がないのはぶつかったときにも分かったけど、あなた何者?
とんでもない力持ちだ。いったいいくつなんだろう、相当な年齢なんだが、
誰よりも危険な危ないところに立って作業。
この3人、日本にいたらそんじょそこらにはいないくらいの馬鹿力トリオだと思う。
でも、鉄骨、なかなか持ち上がらない。 推定150kgか200kgはあると思う。もっとか。
それを高く不安定な足場で力だけで持ち上げる。むちゃくちゃだ。
重機もってこい!
命綱がほしくなった。


僕は思いっきり腰を低く落として、史上最高に力を入れて担いだ鉄骨を持ち上げた。
これはめったにしないのだが、この姿勢をすると腰から下全体がパンプアップして
実際に体のパーツが大きくなる。
これをすると、150kgだろうがなんだろうが、持ち上げられる得意技。
なんだが、久々にこれでジーパンの股が裂けた。

それも腰の下まで裂けた。
笑いが止まらんかった。

 
しかし全員でばかげた力を出して、大工のサポートも少しあり、なんとか持ち上げた。
ここからがさらに地獄。
支えておいて、先に固定した鉄枠に、うまく接合するようにはめるのだ。 全然うまくいかない。
風が強くなってきた。どんどん寒くなる。上着を着てこなかったことを後悔する。
パパはひとり率先して、一番足場の不安定(もしくはない)な場所にたち、余った金属部品をバーナーで焼ききり、叩き、
はまった部分はガス溶接までし始めた。

ここらへんでグレッグと僕は顔を合わすたびに笑いが止まらなくなる。
極限状態での笑いは、なによりも強烈だ!
ソビエト強制収容所での小話集や、命が左右されている場でこそ、笑いは作用する。
日本のお笑いがまったく好きでない理由が分かった、
日本でゆるい笑いとかやってるのは、馬鹿だ!とか頭を駆け巡る。


いまここで落ちたらどうなるかなあ。
自分の体で7つか8つぶんは下に落差あるもんなあ。
映画とか漫画だと平気で生きてるけど、あれ絶対無理だよなあ。
そういや最近のアクション映画で車ごとぶっとんでも中の人無事だけど、
あれも絶対無いなあ、俺なんて電柱にぶつかっただけで死にかけたもんなあ、
とかさらに駆け巡る。


パパがグラインダーで切り裂く鉄やレンガの破片が容赦なく顔や手を襲う。
ガスの飛び火が背中を覆って、チェロの坂本さんのことを思い出す。


もう手はいらないかな、とパパに聞くと「後2分」という。
こっちの人が「ドゥ・ミヌイットゥ」っていうの、だいたい嘘なんだよなあ。
2回言われた、後二分。
結局真っ暗になる寸前まで、気温一桁の中フリース一丁で1時間いた。


帰ってきたら、寒さと力の使いすぎと恐怖か何かで手が震えていた。
グレッグに、パパ、一生あんなことしてるの?ときいた瞬間、
ものすごい大雨。
パパが天に命令して止めていたのかもね、といったら、そうかも、だって。


前日記にも書いたが彼は片足がない。もう相当な年だ。
しかしああやって、がんがんどんどん建物を建て続ける。
本職はステンドグラスの芸術家にして名を知られた小説家。
そういやEU本部に対する反体制集会のリーダーもやってたなあ。
どこからどうみても、まごうことなき超人。

nothing can stop him!!
グレッグが叫んだ一言。
何も彼をとめることは出来ない。
その通りだと思う。


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僕はこちらにいるからではないが、自分がライブしていないとき見に行くライブを探す。
こっちではフリーペーパーagendaってのにコンサート情報が載っていてそれを参考にする。
26日の各ライブはまあまあ、特にこれといって行きたいのはない。
(日本に比べると超有名人でもむちゃくちゃ安いし、気軽に飲んで話せたりもする)


家人グレッグになんかしらない、ときくと
ラカトシュって知ってる?」
うん、知ってる。見たことないけど。
「ミュルミュル(僕らが良く演奏するバー)の並びの店で今日ライブやってるよ、多分タダ」
ということ。
彼は合気道やりにいっちゃって、僕は飯食ってから一人で出かけた。
大して期待していたわけではない、腹ごなしの散歩もかねて、位の気持ち。


会場はワインバー。
ちょっと中をのぞくと、うーん、なんだか俺らがいつも行くようなバーとは勝手が違うなあ。
とりあえず入る。
客の年齢層が高い。
おそらくこの日最後まで僕が一番若い客だったろう(僕もおっさんですが)。


バンドの編成は2ヴァイオリン、ツィンバロン、チェロ、ギター、コントラバス
真ん中のおなかの大きい(こちらだとそうでもないけど)特徴的なひげと顔をしたヴァイオリン、ああ、ラカトシュだ。
さすがに情報に疎い僕でも分かる。
しかし、兄弟とかだったらどうしよう、とかも思う。


ハンガリージプシーの弦楽演奏は特徴的で有名だ。
クラシックの系譜とは違う(逆にクラシックに多大な影響を与えた)独特な音。
世に言う超絶技巧、というよりもなんというか、蜜が高速移動しているかのような
密度のある甘さが、たまらない輪舞を踊るような、素晴らしい。
 

なんだけど、環境が微妙すぎる。
彼らのバックの白壁にはなんだか知らない有名そうな古い白黒映画が流されていて
30人もいない客、誰も聴いていない・・・。
「酒場の雑談の中で聴くジプシー音楽、うーん素敵」なんてもんじゃないのは
僕のベルギーでのバーライブ日記を見ていた人はご存知でしょう。


チェ−ン系居酒屋の4月の新歓コンパのど真ん中で、アコースティックライブ。


です。どうるせえ。
事実彼らにはPAはなし。
でもいい音しているんだよなあ、生音が。
目の前で聞ける、たまらん。


しっかし周りがうっとうしすぎて、つい気が散る。というか考えてしまう。
欧州におけるジプシーの扱いは、日本とは全然違う。
彼らは空気のようにどこでも(高級なところにはいないが)存在するし
それこそ空気のように扱われている、当然差別の目。
じっさいにうっとく金をせびりまくるだけの人たちもいる。


日本でのジプシーミュージックの扱いは破格なんだよ。
差別する基礎がないものだから。
ラカトシュブリュッセル在住でこのようなバーなどの小さな場所での演奏を重ねて
大きなチャンスを得て今に至るらしい。
こちらでは、大きな会場で演奏した後も「ちょっとした小銭のためだけに」
すぐ近くのバーで演奏しているとのこと(グレッグ談)。
その小銭ってのが、本当に小額で、俺のポケットマネーで雇えるじゃん。
日本人だったら、当分飼えちゃうぞ。


それにしてもうるせえなあ。
休憩中に勝手にギターを取り上げてシャンソン(こっちだと演歌だ)弾き語りするババア。
あまりに酔っ払っていったん帰ったものの、
また戻ってきて、うるさいいきづりのきたねえハゲとぶちゅぶちゅキスするババア(同一人物)
その連れでもっと酔っ払っていて、グラスも持てず、酒をひっくり返し、挙句の果てに
テーブルに突っ伏して潰れてしまう女、それを無理やりお持ち帰りするもうひとりのハゲ。


最前列に座り横にブロンドの女(これがすごいぶーたれ顔、途中で帰るし)つれて
演奏中のラカトシュにひっきりなしに声をかける偉そうな、多分マネージャー。
でかい声でわめくほかの客。
売り上げしか考えてないサービスゼロの店員。
背景の映画といい、年齢の客層といい、これは
「古き哀愁のヨーロッパのおもかげ」をBGMしているにすぎない。

しかし、こんなもんなのよね。
こちらでは極上の音楽、なんぼでもタダで聴ける。この日もノーチャージ。
こちらは酒一杯500円で(しかもちょろまかして2杯飲めた)こんなの聴けて幸せ。
しかもホールで聞くような着飾った演奏ではなく非常にリアル。
媚も売らないが業務でもない、彼らの本来の姿、ともいってよい演奏を
初めて見聞きする生で、良かった。


2部が終わったら12時過ぎ。
これ以上この場末の酒場の喧騒と、空気の悪さに付き合ってられずに
この後のステージがあるかどうかも確認せず、音楽には満足して帰途へ。

寒さが気持ちよい夜空を楽しみながら、また考えた。


ラカトシュのようなミュージシャンは日本では有名で、その名前だけで
初台オペラシティで公演を打てるのだ。
チケット代はもちろん空前に高い(こちらからすれば)。


しかし、はたして日本人は彼の名前を知らずに
値段もなんもついていない(告知も情報も何もない)音楽家の演奏を
自分の感じる力で、楽しみきることが出来るだろうか?


自分は出来る、何のために音楽家になったかというと、そのためになったようなものだ。
音楽を自分の力で、とことん楽しむ。
これは音楽家にならなくても、誰でも出来ることだ。
音楽を心から愛すれば。特定の、ではなく、音楽を。


あまり信じられないな。それだったらこっちの聴衆のほうがまだましだ。
来月からは僕もバーでの演奏が続く。
客は若年層で、もっともっとうるさい。最初は誰も聴かない。
しかも僕らの音楽はインプロメインだ、サービス音楽じゃなくて僕らの音楽だ。
でも僕らには出来る。彼らの耳目を刈り取って収穫することを。
それがいままでできたからこそ、ここでライブをし続けていけるんだ。


さあて、楽しみだ。
明日は敬愛する錬金術師、エリックティールマンスとの久々の共演だ。
こないだ見に行って目を閉じたら、はっきりした幻覚が見えまして(マジです)
あの映像喚起能力、なんだあれは。
しかもうれしいことに「オープニングはdaysukeのソロからやろう」って。
ぱひゃあああ。楽しみだなあ。
耳目を刈り取る、収穫祭。
未知の世界へゴー。


で、ラカトシュですが、ここのところ週2,3くらいでその場末バーで
全部タダでやってるそうです。
いい音楽でした。またいってきます。