シャマロッシュ、聖なる山へ

daysuke2008-11-11

朝食をいつものように食べてのんびりしているといきなり出発だといわれる。
今日は聖なる山シャマロッシュに行く日だ。
グレッグは心待ちにしていた日、全員が行くとは今日まで知らなかった。
だいたいその日の予定はまったく見えないのが普通だ。
どこかに行くときはいつもこうだがそれから準備しても遅くなるようなことはない。
ここは日本とは時間の流れが違うのだ。

まずメディナからタクシーに乗り、街から離れたタクシーが集まっている場所へ
運ちゃん向けに露天の屋台のようなものも出ているのがモロッコらしい。
ハッサンが何台も交渉するが高いらしくて乗らない。一度乗っても降りる、などが続く。
こちらでは買い物や乗り物のたびに交渉が必要だ。一人だとかなり面倒に思うだろう。
何台か乗りかけて最後に乗ったベンツで出発。これで目的地まで直通で行くらしい。
平坦に広がる荒涼とした赤い荒野から山に向かう。
時折羊飼いや生活する人々の姿、何度か集落も過ぎて傾斜を登り始める。
木々が黄色く色づいている、胡桃の木だ。


ベルベルの村の家の直線が荒野の荒い曲線に美しい。
道はずっと川沿いに進む。
車で登れる最後の集落に到着して降りる。
ここにも客引きはいるがマラケシュよりはおとなしい。
ここは山への出発地点らしく宿や食堂、土産物屋もある。


一軒の食堂に入り昼食。
ここのタジンは街のものよりもうまかった。
とはいえいつも家で食べているものと比べ物にならないが。


出発前にトイレを借りていよいよ登山の準備。
山頂は雪を頂いている、このまま山上で一泊するというが、大丈夫だろうか?
マリーは喘息の調子が良くないのだがグレッグはこれは病気ではないから大丈夫だという。
概して白人は寒さに強いと思う。
いつものようにオニバ(出発!)には時間がかかる。
待つ間にグレッグは口琴をして僕は手書きでこの日の日記のメモをしている。


すでにもう寒い。ここは秋深さを感じさせる。
突然出発が始まる。
ロバがたまっているロバ乗り場へ行ってそれぞれの担当にあたる。
僕のロバは白く、山上まで運ぶ荷を負っている。
鞍はカラフルな布を重ねた年季物。
初めてロバに乗るのだが目線が高い。
4とのロバに4人のベルベルの若者がつく。1人は青年でほかは皆子供だ。
うち2頭は我らの1泊分の食料や荷物を積んでいる。
グレッグは長身を生かしていきなり飛び乗った、これにはベルベルも驚く。
マリーやグレッグは乗馬の経験があるようで慣れている、ハッサンは緊張気味。
ベルベルは馬を見て乗り手の心理がすぐに分かるらしい。
マリーに簡単な操作の仕方を馬上から教わる。


最初は歩調や上下に戸惑っていたものの、慣れてくると非常に楽しい。
急な傾斜もたくましく登るのが頼もしい、笑みがこぼれる。
思わず歌のひとつも歌ってしまう。
一行は黄色く色づく胡桃の林を抜けていく。
途中に小さなモスクがあり胡桃の葉を集める村人の姿もある。
たまには通り過ぎ行きかう人々の姿も。
森を抜けると川沿いに石の川原が広がる。
ここには石を集めて割る人たちがいる。
ふもとの村でも売っていた化石や宝石の原石などを取っているのだろう。
少しずつ緑が減ってゆき、木々から石の風景に変わる。
急な勾配の谷間に石造りのベルベルの家が見える。
茶色い山にある職線は人の暮らしの証だ。
街には曲線が必要とされ、ここでは自然に対抗するように直線が必要とされるのだろうか。


川原で何回か小川を渡る、ロバさまさまだ。
これだけの食料を自分たちだけで負っていくのはかなり困難だったはずだ。
このあたりは賽の河原を思わせる光景だ。
川原を抜けるといよいよロバと人の歩んだ道がそのまま獣道となっているようなところを進む。
このへんでベルベルたちは僕らのロバにそれぞれ乗り始めた。
はじめは僕の後ろに乗っていた子が、どうも僕のロバが休みたがりなので気を入れるために僕の前に
乗り始め、僕は座り場所が悪く股関節が痛み始めた。かなりきつい。
中途半端な足の開きで両脇にある荷物かごを挟んでいて辛い。
前の子に伝えるがうまく伝わらないのでマリーに訳してもらって降りてもらう。
楽になる、助かった。


一人ベルベルに悪ガキがいていろいろといたずらを仕掛けて過ぎるので、ロバ同様頭をしばいたら
おとなしくなって事なきを成す。


山道はいよいよ険しくなり、村も見えなくなった。
あまりの傾斜と揺れにこのあたりまで持っていたカメラも構えることは出来ない。
必死で鞍につかまる。
雪山がどんどん近づいてくる、無限に続くような風景のなか、大きな巨岩が現れ始め、川沿いに小さな集落が現れた。
ここが最終目的地シャマルッシュらしい。
ポーターたち全員と握手を交わし労をねぎらい無事を祝う。
岩と土で出来た長屋のような家のひとつに入り落ち着く。
ここはかなり寒い。来る前に何も説明がなく、もしや外に泊まるのではないか、と思ってたが家で安心。
ここはグナワの最大の聖地であり、同名の聖人、同名の山、同名の村。
白く塗られた巨岩がこの地のマラヴである。
「非イスラム立ち入り禁止」とあるがハッサンのとりなしで何とかなる。
村は3分もあれば全部周れる。この規模だが小さな商店がいくつかある。


家でお茶を貰いくつろいでからマラブに行くと岩の下にはモスクのような部屋があり、
そこには女性が中におり入室を断られる。
しばし戻り休んでからまた外に出る。
日が沈み始めると夕日は出ずに夜が訪れ始める。
先ほどマラブに入ろうとしたとき入り口で冷たくて硬いものを感じた。
それをマリーに言うと「それは良いの?悪いの?」ときく。
白人らしい子の物言いに少々うんざりしてどちらでもない、というと分からない様子。
世の中には良くも悪くもないものがあって、どれもそうだ。
グレッグに激しく問いただしているがフランス語であまりよく分からない。
グレッグとは良く話しているので、僕から何も言うことはない。
どうもマリーは合点がいかないようだ。
こういうときに自分をアジア人だと実感する。
マリーは去り、グレッグと二人で黙って山と空を見続ける。

険しい岩と雪山、ここはおそらく2500m前後、見える最高峰は4500mほどあるらしい。
足を伸ばせばすぐにでもいけそうだ。
日が暮れていくときに狼の形をしたくもが月を食べようとしていた。


家に戻り夕食。
この村に電気はない。熱源はガスボンベだ。
室内にロウソクを灯し鍋が煮えるのを待つ。
石と土の家の中のほのあかり、中世と変わらぬだろう。
ハッサンはゲンブリをとりだし軽やかに弾き語り始めた。
グレッグもともに歌う、調理をしながらアクセルが踊り始める。
僕はただ寝転びそれを浴びるだけだ。
聖地に来るとなぜこんなに眠くなるんだ?
時間の感覚はまったくなく、気がつけばご飯どき。
野菜のタジン、山にいるので少しだけ食べるにとどめて水もほとんど飲まず。
なぜか一人であっという間に眠りに落ちる。


夜中に目が覚める。
目を閉じているのと開けているのが変わらない暗さ。
異様に窮屈で身体の節々が痛い。
おまけに滅茶苦茶寒い。
外は間違いなくマイナス温度だろう。
ここには暖房がまったくない。
かなりつらい。
ロッコに来て初めて苦しいと感じる。


ここにいる間に起こることはすべて何か自分に関係のあることだとアクセルが言っていたっけ。
変わった夢を見た。
昔大切だった人が僕を罵倒して立ち去り、年長の友人と静かに強い酒を酌み交わす。
すべてが知らないものの仮定のものだった。
この聖地で酒の夢?