ハッサン邸へ、CD探索

昨夜早かったので思っていたより早く起きた。
当分寝床でごそごそしているが朝ごはんの音を聞いて起き上がる。
今日も気持ちのよい天気、屋上に上がってみんなで朝食。
ビサラ、豆のスープがおいしい。


今日の予定を立てた。
はじめは今日山に行く予定にしていたがいろいろ都合で明日いこうかと思う。
買い物は今日のうちにしよう、ということ。
そしてハッサンの家(奥さんの家)にいって昼ごはんを食べようということ。
今日は何もしないでゆっくりしようぜ、なんていっていたけどそういうわけにもいかなそうだ。


ここにいると時間の感覚はまったく違う。
時間を決めて動くことはほとんどないし、出かける用意は突然の呼び出しで、
出かけることが決まってからも、なかなかそろわない。
日本だとストレスを感じそうに思われるかもしれないが、これがまったくない。
置いてけぼりにされたり、いらいらされたりすることはないし、することもない。
思いさえすれば、時間なんていくらでもあるのだ。
予定がない、というのはいつでも好きに動ける自由とも言える。


出かける前にアクセルがたまった洗濯を洗ってくれる。
ここにはヨーロッパの洗濯機がある。


ジャマルとハッサン、アクセルとグレッグで出かける。
マリーエレンは家でおやすみだ。どうもこのところ食べすぎでおなかの調子が良くないそうだ。
くねくねと今までまったく行ったことのない道を歩いていく。
かなり細長い路地ばかりを行くことになった。
途中で道がかなり盛り上がり何か変なことになっている。
聞くと突然家が崩落したらしい、それでみんな片づけしているとのこと。
信じられん、だって、爆撃でもうけたのかってくらいぶっ壊れてるんだもの。
このあたりの家は古いけど重厚な土と石造りだ。
住人は無事だったらしいというのがまた驚異。


どんつきまでいって洞窟のように暗いところをくぐって突き当たりの家に行く。
ここがハッサンの家だ。
前にリラでもたくさん世話をしてくれた奥さんに挨拶。
アクセルに家にもあるようにパティのような中庭に面した客間で食事。
パンは自家製で手焼き、そしてインゲンと芋と羊のタジンだ。
ヴィスミッラ、いつもご飯を食べるときに言うこの言葉は、頂きます、のようにいっていたが
神の名前のひとつだそうだ。


このタジンがうまいなんてものではない、やはりこの奥さんの手料理はとんでもなくうまいのだ。
嬉しくて感動するくらいのものだ。
こういうものを食べたらもうレストランなんていってられない。
タジンを表現するのは難しいが、食感や感じは日本人なら肉じゃがを連想するだろう。
もちろん醤油は入ってないし違うんだけど、芋や肉、汁など共通する。
日本でも肉じゃがはお袋の味でしょ、そういうおいしさがあるのだ。
やはり絶対に日本に帰ったら、この地で食べたご飯のことが恋しくなるだろう。
味わいもそうだが、みんなで囲み楽しく過ごすことが必須だ。


食べ終わったらバナナとみかんが出てくる。
どちらもモロッコ産だ。
ずっと輸入物なんて食べてないよなあ。
ロッコは観光と農業の国だ、日本の食料自給率のことを話すと心配された。
町は市場の中にあるようなもので少し歩けば道沿いにどんな食材も売ってる。
本当に豊かだと思う。


食後はいきなりごろりと寝転ぶハッサンとグレッグ、毛布まで用意されて寝てすぐに昼寝の準備。
なんというホスピタリティ、素晴らしい。
うとうとと寝始めていたらなんだかテレビから流れてくる音楽がすごくて飛び起きた。
番組の見かけはどこにでもあるような若者向けの音楽番組なんだが、
出てくるミュージシャンはどれも伝統音楽かその影響を持つ今の音楽でどれも大編成。
いきなり出てきたのは白装束のベルベルたちだ。
二つの太鼓に囲まれて歌い踊る男女、強烈だ。すんごい。
続いて片面太鼓であるベンディールやこちらではごく普通の膝たてバイオリン、
超小型ダラブッカによるアクロバティックな演奏に若者ばかりの観客総立ちで踊り始める。
続々とすごいライブが続いて釘付けになる。


日本ではありえないと思った。
本当に観客(10代も見受けられる)たちは心の底から楽しんで踊って歌っている。
自然といいところで盛り上がるし、嬉しそうったらない。
だって、めちゃくちゃかっこいいもんなあ。
音楽のほうだって保存されているだけのようなものじゃなくて本当にライブだ。
これが伝統が生きているということだと、強く感じる。
なんかこっちまで嬉しくなってきた。
演奏はもちろんすごいもの続きで思わず拍手。


ひとつだけすごいダメなのがあって笑った。
どうも人気者らしい中年歌手、ジーンズで若作り、音は打ち込みで軽薄、
ここにおいて唯一の口ぱく。ダメでしょこれは。
それでも伝統楽器でよい音のものも使われてるし、中途半端だけど現象としては興味深いなあ。
最後に全員のセッションがあるんだけどこれはかなり笑いものだった。
明らかにベルベルが場違いなまでに力強い。
シャービー(マグリブのポピュラー)歌手はここではまるでヨーロッパのようだったり。
変な発見があって面白い。


次には料理番組でこれも非常に興味深かった。
僕が主に興味のある音楽と料理の立て続けに狂喜だ。
なんでもモロッコの伝統料理とモロッコの新しい料理のどちらもで有名な女性らしい。
これも日本ではなかなかないよなあ、外国料理みたいなのアレンジ物が多くて。
別に国粋的になるわけじゃないけど自分たちの持っているものが良い形で生きているのは単純に良いことだと思う。


ハッサンが家を案内してくれる。
2階には部屋があり、家用の小さなハマムもある。
廊下の物音が気になって見ると鶏がいた。
これも食事になるのだ。
ここのチキン料理は本当においしい。
日本に帰って自分で鶏を〆たくなった。


結構ながい時間滞在して出発の準備。
奥さんに楽しい時間をありがとう、とお礼を言う。
アナ・ファルハーン(私は幸せです)


一度アクセル邸に戻って自転車をおいて出発。
道は屋台や露店でいっぱいだ。
日用品からぼったくりのばった物、野菜果物魚パン、なんでもありだ。
なんでもかんでもごちゃごちゃにあるこの風景が好きだ。
まずスークの奥へ行ってアルガムオイルを買う。
みんなの発音はアーガンに聞こえる。
前にも書いたモロッコ特産のヤギが食べた種子から作られる油だ。
これがこの地ではかなり高価なものだ。
今回の買い物めぐりはハッサンの誘導なので安心だし期待も高まる。
僕はベルギーだけしか荷物の関係でお土産は持っていけないので500ml購入。
80デュラム、日本円で800円強くらいか、こっちじゃ大金だ。
バカにしちゃいけない、パンが80枚買えるのだ。


このあとはフナ広場を横切る。
ハッサンといると客引きも及び腰だ。
夜の広場にいる金目当てのミュージシャンたちの中にもちろんグナワもいる。
昨日もあったリラで大活躍のサイードの姿もあった。
同じ彼でもここでの彼はど派手なグナワ衣装に身を包みカルカバを鳴らしている。
ハッサンが来たということで、そこらにいるグナウィが集まってくる。
リラにいたということで話も早い。
冗談でバラカをもらい、笑って別れる。


広場沿いの薬屋でマリーのために薬を買う。
そのあいだ僕は広場をぼんやり眺めていた。
イードがカルカバを適当に鳴らしながら、通り過ぎる明らかなツーリストに向かって帽子を差し出す。
もらえるときもあるしもらえないときもある。
金はいつだって誰にだって大事だ。
僕も路上演奏上がりだが、あんなにタフにはなれない。
毎日嫌がられながら金をせびり、自分を切り売りする。
軽蔑とかではなくて、僕はしんどくてそれなら金なんかいらない、となってしまうだろう。
あまちゃんの考えだ。
イードは服装や持ち物も上等で暮らし向きも良さそうだ。
しかしツーリストの間をカルカバを鳴らし歩き回る彼を見て、僕は勝手に寂しくなった。
本当に勝手な思いだ。
僕は彼がどれほど素晴らしく力強く美しいことが出来るかを知っている。
それだけで良いのだと思う。


広場から大通りに出てさらに行ったことのないツーリストのいないほうへ進む。
一軒の建物の奥の2階に閉店準備の進むレコード屋があった。
無理やり注文する。
しかしすごい物量だ。
壁はもちろん床も足の踏み場がまったくないほどのジャケットが広がっている。
選ぶことなど、無理だ。
ハッサン、そしてそこに激しく口出しするアクセルに選んでもらう。
最初に昼にテレビで見た上質なベルベルの伝統音楽のDVD、笛を使っている別のベルベル
グナワのCDでエッサウィラのよいものと、この地で最高といわれる実力者グナウィのバクブーを。
払う段になっていわれた値より払ったあと帰ってきたお釣りは多かった。
これもハッサンのおかげだろう。
貴重なDVD2枚とCD3枚で70ディラムしてない。
ここはマラケシュでも最も安いレコ屋らしい。


次に入った店は進められたグナワCDが非常に良くなかったみたいでアクセルが怒って飛び出す。
グレッグに説明してもらうと、あのグナウィは非常に良くないということだ。
演奏は良くない上に、やはりここでもいるのだがマフィアがらみのもので配給されているという。
そういうものにはタッチしないほうが良い。
次に入った店は日本の昔のレコ屋みたいでルックスナイス。
一枚だけベルベルのもので弦が入っていていい感じのものをゲット、15デュラム。


歩く道すがらハッサンが焼きとうもろこし屋の前で足を止め注文。
グレッグとアクセルが食べるが、あんまりおいしくないみたい。
ちょっともらったら硬かったなあ。


最後に寄ったレコ屋はよくある露店で、モロッコ以外にもアフリカものがいろいろある。
ここまできているレコ屋の商品はジャケットの質が非常に低い。
たぶんほとんどコピーだと思う。
グレッグが世界一だというマリの歌手と前から好きなエジプトのジャズのウード弾き、
それにモロッコでもっとも有名なバンドだという伝統楽器のフュージョンしたものを選ぶ。
1枚25デュラムだといわれハッサン、ぷいっと出て行く。
言葉が全然ダメなのでグレッグに交渉してもらう。
なかなか負けないが、一枚をのぞいてかなり安くなった。
うまく小銭がないので適当に出したらさらに少し負けてくれた。
ここらへんは、かなり適当だ。


10デュラムは1ユーロだから、110円行かないくらいとかか、
1枚感覚的には150円くらいの感じで貴重な音源が手に入るということは
僕のにとっては幸運なことであり、ツーリストプライスではなく現地価格で買えているのも嬉しい。
しかし、お金の価値というのは複雑だ。
1デュラムで日本では考えられないくらいおいしいモロッコのパンが一枚買える。
10デュラムの違いでハッサンは怒って帰ったがパンが10枚買える値段だと思うといい。
その重みも感じて、しかと聞くことにしよう。


このあとはグレッグのためにスパイス屋により長い道のりを歩いて帰る。
この町の道なりにも、少し慣れてきた。
帰ってきてみんなでお茶をして、ハッサンとジャマルは家に行くようだ。
さよならをいっても、ジャマルはなかなか帰りたがらず、踊ったりしてくれる。
歌ったり踊ったりって、好きな人のためにすることだということをいつも教えてくれる。


この夜は遅くまでグレッグと二人で話しこんだ。
音楽の話だけじゃない、いい時間だった。
明日は聖なる山へ出かけるという。何が起こるのかまたしてもまったく僕にはわからない。