リラ

daysuke2008-11-08

鳥たちの鳴く声が聞こえる。
昨日の予告どおり早起き、何時かは時計を見ない生活なのでわからない。
みんなで朝食をとり、早めに出かける準備。
朝食のときにアクセルはザイールの伝統音楽をかけていた。
彼女が生まれた土地の音楽だということだ、外見は白くても中身は黒いのよ、
と彼女は言う。


いよいよ今日はリラの日だ。
生贄の羊を買いに行かなくてはいけない。


グレッグとハッサンと三人で行くことになった。
昨日とはまた違うタクシー乗り場へ向かい交渉して今度は結構すんなり乗れる。
しかしなかなか発車しない、あとからご夫人2名と男性一人ががしがし乗り込んでくる。
なんだ小さなタクシーでも乗り合いなんだ。
運転手含めて7人が乗っている。
日本もこんなんだったらいいのに。


かなり窮屈だけどなんだかちょっと移動して降りてしまった。
どうやら行き先が合わなかったらしい。1デュラムだけ安い値段で降りてバス乗り場に向かう。
途中で何かが起こる、大通り沿いのほとんど人通りのない歩道で、グレッグの口琴の木箱が落ちる。
それを拾って持ってくる男性、何かを言う隣の男、不穏な空気。
どうも男はグレッグが落としたから拾ってあげた、といっているようだが
どう考えてもこれは失敗したスリだ。
グレッグが最後にとりあえず礼を言って小銭を渡そうとすると要らないというあたりがさらに怪しい。
グレッグは腰にかけていた上着のポケットの奥に入れていたのが軽くなって気がついた。
一瞬のすれ違い、よくまああんなタイミングで失敗したとはいえすったものだ。


その後無事にバスに乗る。
乗るときは5デュラム、こないだの乗り合いタクシーと同じ。
満員の中、何とか途中で座れる。


移動を経て昨日ほど離れていない場所の市場に来た。
ここは少ないけど白人の姿もあるしなんだか少し垢抜けている印象。
野菜売り場の大きさが素敵だった。
今回の狙いは羊なのでそこに絞る。
やっぱり僕らは近づかないほうが値段がいいので離れておく。
ロバに囲まれて時間をすごす。グレッグは口琴したりして。


ようやく交渉が終わったようで羊の群れに近づく。
さすがにここに白人や東洋人が来ることは珍しいようで人が集まってくる。
お、顔の綺麗な羊だなあと思ったらその隣にいる器量のよくないほうだった。
鳴き声もめぇぇぇじゃなくてぐぅええええぇぇぇぇぇって感じで汚い。
交渉成立で支払いして連れて行こうとするとかなり抵抗する。
周りに群がってきたジュラバ姿のモロッコ人たちがどっと笑う。
ある程度グレッグが持ち上げていって、途中からハッサンと僕も手伝って引っ張っていく。
僕は角を持っていたのだが、これがぐるぐる巻いていて当然硬くて鋭い。
下手すると怪我をしそうだ、しかもかなり抵抗する。
なんか腹がたってきて角をねじり上げて引っ張る、
なるほどむかいついた奴の首根っこつかんで机にねじ伏せるときと同じ要領だ。


帰りは羊連れなので軽トラをチャーターして帰る。
いい顔したおじいさんが便乗。ハッサンは助手席で先導。
おじさんが羊の扱いに慣れていて、くくりつけてくれ、それでもダメな時は
うまくなだめてくれていた。
途中で彼が帰っていったらまた僕がヤンキーのように角ねじり上げて押さえつける。
メディナに到着して一安心。
ここでも外国人が羊引っ張ってると目立つ。そりゃそうか。


家に何とか引っ張り上げて、いったん屋上に上げてくくりつける。
家の中のパティオにはじゅうたんや羊の革などがひいてあり儀式の準備が進んでいる。
続々とハッサンの親族や仲間たちが集まっている。、
キッチン近くでは鶏を捌いて料理の準備をしている。
野菜やインセンス、いろいろなにおいが立ち込める。
部屋の荷物が移動されていて、tubaの置き方が気になり飛んでいく。
やはり素人にはわからないよな、ピストンが下にしておいてあった。
どのくらいこうだったかわからないが、急いで中を開けてみるとわずかに3,4番ピストンに違和感。
あ〜やってもた。そうひどくはないがこれから後のことがちょっと心配だ。
まあ起こったことはしょうがないので、屋上で昼寝。
日の当たる下半身は真夏で日差しの当たらない上半身は秋の空気だ。
心地よい何もない時間。


次にマリーの両替に付き合って散歩する。
なんだか羊と暴れたので腹が減った。
今日は週末なので広場中心に観光客も多くて客引きも多くてしつこい。
本当に家の中と外では別世界だ。


両替がすんだらカフェに入って軽く食事。
実は今回初のクスクスだ。
サラダとアボガドジュースも頼む。
日本にきたことのないマリーから日本のことを質問受けるが
ソーシャルワーカーである彼女からの質問は難しいし、明るい話題にならない。
羊を捌く時間が迫っているので急いでかえる。


何とか間に合ったようで
まずは食卓にかけるように言われた。
さっき食べたばかりだけど、やはり味が気になる。
ああ、全然違う!!!!
なんてうまいんだ、味の濃厚さ、いうなればきつさがたまらない。
にんにくの入っている量が店屋物とは違う気がする。
ロッコの食卓のマナーはいろいろあるが、皆で囲む大皿の自分の目の前にある部分からパンで食べる。
次に肉や大きな具に移っていく。
皆で取って食べるのはいつも楽しい。




ぼやぼやしていると頭から美しい赤の衣装を着せられた。
僕のグナワ名ハムダは赤色がシンボルカラーだ。


これから儀式の第一段階が始まるようだ。
階下に降りると壁沿いの羊の皮の上に正装したグナウィたちが並んで真ん中にはハッサンより若いマーレムが
ハッサンの特別用のゲンブリを構えている。
コールアンドレスポンスの詠唱が始まった、僕らは敷物の上に座らされ頭に赤い布を巻かれる。
全員が名前を呼ばれ祝福を受ける。
列の中には幼いジャマルもカルカバを構えて座っている。
一人ずつ呼ばれ、ハッサンが司祭のように場を取り仕切り僕らの身体を触れて祝福する。
壷に入ったお香のようなものの煙を浴び、不思議な形をした水差しから香りのする水が振りまかれる。


祝福、これはバラカだ。
そしてそこからいきなりゲンブリとカルカバが鳴り響き力強い音楽が始まった。
ハッサンは歩き回りながらいろいろな世話を焼いている。
僕ら外人3人は一箇所に固められる。
ハッサンから何度もお香がまわされ頭からかぶり(これは日本のしぐさにそっくりだ)
何かの乳を皆が回し飲み、聖水が振り掛けられ続ける。
マーレムの前にハッサンのお母さんが上半身をかがめて一心不乱に踊りに来た。
あっという間にトランスに入ったようで誰かから白い布が頭からすっぽりかけられる。
周りからかかる声、永遠に続くようなカルカバの重なる音、腹のそこに響くゲンブリ。
ゲンブリは小さなVOXのアンプでアンプリファイされている。
男性の強く突き抜ける声、女性からの応える声。
強くて、美しい音楽。


そうこうしているうちに羊が何度も僕らの周りを引き回される。
ぐるぐるまわる羊に触れることも重要なようだ。
そのあとすぐそこの水場で押さえつけられた羊は首をカットされ血を抜かれ皮をはがれる。
そのかん我われはグナワにのってがんがん踊り続ける。
アクセルはまたトランスに入り明らかに様子が違い、白い布をかぶせられ頭を低くして激しく踊る。
いろいろな姿勢をとった後に、一人の女性が後ろから彼女を優しく別室へ連れて行き休ませる。
ただトランスでぶっ飛ぶだけではないのだ。
羊の血を入れた小皿を手にしたハッサンがまわり、演奏者の楽器や身体に擦り付ける。
そのあとに僕らの手首と足首に塗りたくってくれる。
強い血と獣の臭いがあたりに充満する。


この間もずっと僕らは踊り続ける。
本当に強い音楽の奔流。
リズムはむずむずするような微妙さで変化しゲンブリはどんどん激しくなっていく。
羊は丸裸に剥かれつるされ解体されていく、臭いは強くなり音楽もあわせるように強くなる。
すさまじい時間だ。


約50分たって羊が皮を剥かれて内臓を抜かれ始まるあたりでこの儀式が終わる。
なぜか終わる瞬間が感じられてわかる。
終わるとこの空間に満ちていた力がほっと緩んでいくようだ。
儀式といっても神妙さよりも力強さのほうが上で気持ちが良い。
なんともいえないたまらない気持ちになる。


ゲンブリをひいていたマーレムは名古屋万博に来たことがあるという。
そこでリラを行った、とのこと。
そんなすごいことがったのか!
しかしこことは決定的に違うだろう。
グナワは土地と伝統と切れてはありえないものだそうだ。


終演後さらに羊の解体は進み、家中がすごい臭いで充満する。
端っこでマーレムたちが吸っているタバコの臭いが良く似合う。
お香もさらにたかれ始める。
みんな衣装を脱いでくつろぐ。
これだけでも強烈な体験だった。これからまだまだ続くのだ。
グレッグはセッティングしたハードディスクレコーディングが不調だった模様。
本番はぜひしっかりいってもらいたい。
夜の本番までの時間、それぞれにすごす。
リラ、とはグナワの言葉でよるという意味だ。


間のこの時間はなるべくゆっくりすごす。
このあとはどうなるかわからないがとてつもなくハードなはずだ。
屋上にはパラソルが立ってマーレムのままと家族がまるで市場でのレストランのように
セッティングしている。
どうやらいろいろ煮込んでいるようだ。
肉の部分と脂の部分を交互にはさんで焼いたケバブのようなものをモロッコパンも串に刺してくれた。
シンプルな味付けの肉と脂のうまみ。
脂うまい!
なにせ新鮮そのものだ。
こうやってリラの間はずっと何か食べ物がどこかに用意されている。


実はこの間の時間にパティオでtubaソロ演奏をした。
この儀式の間に許されるのかわからないが心を込めて演奏した。
みな熱心に聴いてくれたと思う。
自分の持っている大事な部分をこめて演奏した。


夜大体10時ころからだろうか、いよいよリラが始まる。
(ここからの文章はミクシィに載せた抜粋とかぶるので文章が混濁します)
あった現象を印象で少し書いておくにとどめます。


長い語り、ビレール、ハムダ(僕)、マリカ、ファティマ、それぞれ一人ずつ呼び出され
マーレムハッサンの誘導でバラカを受ける。
はじまって気がついた
このリラは家主であるファティマ(アクセル)、その友人マリカ(マリーエレン)、
ヴィラール(グレッグ)、そして僕ハムダのために開かれたことを。
なんどもバラカ(グナワの祝福)を授かった。
歌の中に僕らの名前が何度も何度も数え切れないほど織り込まれているのだ。


グレッグによるとこのあとは本来二つ目のシーンにある演奏が行われていたらしい。
大勢のカルカバ演奏、その中には小さくてもしっかりしたジャマルの姿もある。
声も良く通る、喜びを持ってこの中にいることが強く伝わる。
非常に長く複雑で、強く美しい音楽。
ゲンブリとカルカバのトランシーな音が注目されるグナワだが、骨子は歌だと思う。
リズムというのは世界共通の興味の対象で、そこに注目されるのはわかるが、
歌の持つ力を実感する。


ハッサンの帽子にお札がはさまれる。
ここでは金銭のやり取りも重要な儀式のひとつだ。
僕もバラカを受けるたびに少しずつ払っていく。
日本円にしたら一回千円くらいのものだが、こちらでは結構な額だ。
しかしもう素晴らしすぎて、なんぼでも払おうじゃないか、と思ってしまう。
これはフナ広場で繰り広げられるような金目当てのグナワ音楽ではないのだ。
彼らにとっても重要な、リラだ。


3人のグナウィが列になり輪になり豪快に踊る。
これの楽しさっていったらない。
神聖な儀式なんだが笑いと嬌声がこぼれる愉快な祭りだ。
踊っているほうも見ているほうもとことん楽しんでいる。


大体1時間くらいのパートが終わり、次はみんな立ち上がり二人が太鼓をもち
あとはカルカバで隊列を組み、いったん表に出る。
もうかなりいい時間、警察が来ないことを最初だけ祈りながら、豪快に太鼓が打ち鳴らされ
カルカバと歌も高らかに歩きながら行進する。
太鼓は片からつるし、トーキングドラムのように内側に曲がった撥と細長い撥で同じ面を打つ。
やはり三連系のリズム。
パティオに戻って円の中心で一人ずつグナワが踊る。
アクロバティックな動きも多くて楽しい。
突如女性陣も加わって大きな円陣になり、女性だけ火のついた蝋燭を持つ。
女性たちが歌い始める、これがまったく別の響きを持っていて美しい。


この部が終わったあと、あまりのことにふらふらとなり屋上に空気を吸いに行く。
夜空を食べながら待っていると、初老の老人が何かをこっちに言う。
マンジェ、マンジェ。
これから何か食事が始まるようだ。
雰囲気を察してマリカは別の場所に行く。


星空のした、男衆みんなで大きな皿を囲んだ。
どんどんみんながやってきてテーブルが配されはじめた。
やってきた大皿は2種類。
一つ目はチキンのタジン、オリーブがたっぷりだ。
これはモロッコで最高のタジンだ、と誰かが言う。

次の皿はあの羊が入っている。
レーズンの化け物のようなものがたくさん入っていて複雑な肉と果物の香り。
隣の誰かが、これはさらにモロッコで最高の食事だという。
わかるよ。
生まれてこの方これ以上の食事などしたことがない。
体中に命が回ってくるのがわかる。
味に関していっても、止まらなくなるほどうまい。
どんどん残して去っていて人を尻目に最後まで食べていた。
この骨付きの肉はさっきまで生きていて、僕がこの手で連れてきたものだ。
ここでこのために殺されてみなの血肉になる。


僕の右手で連れてこられた羊を
僕の右手が口に運ぶ


一生忘れられない、最高の食事だ。
今思い出すだけでも、涙が出そうだ。


続いてパティオで3つ目の部。
朝7時おきだったためさすがに眠くなり始めた夜中ころ
突然叫び声が起こり、女性のトランスがはじまった。
これを機に朝まで、何度も何度も女性たちのトランスが始まった。
自己統制を完全に失い人間ではないものになっては戻ってくる彼女らを目の前に
声も涙も出ない。
リラには女性をトランスによって治療するという意味もあるらしい。
ムスリム社会の女性に対する強いプレッシャーからだろうか。
基本的に女性たちはパティオではなく、そこに面した部屋の中にいる。
そこから飛び出してくるひと、絶叫を上げまわりの人たちに中心に引っ張られてくるひと。
ファティマもトランスに入るがモロッコの女性ほど激しくはない。
さっきから気になっていたやたら金持ちっぽい頭にベールしてない西洋風の化粧もしている女性たち、
たぶん家族なんだろうが、その中からもかなり強いトランスに入る人がいて驚いた。
伝統は、どこまでもすみずみいきているのだ。
四つんばいになり床を大きく叩き、時に全身を硬直させて痙攣する女性たち。
踊りの激しさが危険な域に入ったら後ろから腰にぐるりと布の紐が渡され、後ろから誰かが軽く制御する。
最初はびびっていたが、これからずっと続くと普通のことになってくる。



カルカバの金属音と歌は永遠のように続く。
ゲンブリが成す芯がもはや優しい。
こんなに強い音楽を僕は知らない。
僕たちに出来ることは、踊り続けることだ。


どんなに声が枯れそうになっても永遠のように歌は続く。
もう朝まで何時間踊り続けているかわからない。


踊り続ける僕らに何度も僕らに祝福のバラカは訪れ
美しいさまざまな彩の布が、頭上からかぶせられる。
聖水とお香が何度も振り掛けられる。
たまらなくおいしいモロッコの甘いお菓子もたくさん振舞われる。


夜明け前になってすべての照明が消え、月と星明りの中
音楽と踊りだけが永遠にかわらず続く。
僕らには黒い衣装と黒い布がかぶせられる。
太古からこれだけは変わらないだろう、闇の中。


朝6時を過ぎてやっと音が途切れた。
幼児までが起きつづけて踊り続けていた。


最後のバラカが僕らに注がれる。
言葉はまったくわからないが言ってることはわかるよ。
遠くから旅をしてきた僕の幸せと、良い音楽とともにあることを。
マーレムハッサンのから導かれるバラカに全員が声をそろえる。


ついに音楽が止まった。
終わっても誰も帰ろうとしない、拍手などもない。
最後にみんなでスープを飲むのだ。
疲れはて、食事なんて、というところに
あったかい、あの羊の内臓と豆のスープ。
これも間違いなく、世界一のスープだった。


もう朝の空だ。
それぞれゆっくり帰っていく皆。
帰れずにその場で倒れこむように寝込んでしまう人たち。
あたりはこの場、としかいえない臭いに包まれている。
僕らは何も考えることも出来ない。
グレッグと目があうと大きく微笑む。
もうこの場にほとんど言葉は必要がない。
間違いなく人生最高の体験だ。


僕の寝床はマーレムたちが熱演を残した、舞台にひかれた敷物に用意された。
充満するたまらない、獣臭や香、茶や人たちの臭いにつつまれて
パティオからのぞく朝の晴天を夢のように眺めながら静かに夢も見ず眠った。


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これは音楽とはいえない
すくなくともグナワのリラは「聴く音楽」ではない


これは体験だ
音だけを封じ込めても録画しても、それは仮の姿、ごく一部だ。
あの場にあの人たち、あそこにあったすべてがグナワなのだと思う。


皆さんには何にも伝えられなくて申し訳ない。
それでも少しだけ記録にと
写真150枚 動画1時間弱
テープレコーダー程度のものだけどリラの全録音、約7時間。


持って帰ります。
こんなかたちなんて、何の意味を残すものか。

僕がみなさんに見せれる最高のものは
この最高の祝福を受けた僕そのものしかない


ともかく
すごかった
今までの人生で最高の体験だった。


僕はリラの間、人間のもつすさまじい強さと美しさの中にいました。
ここでは僕は何より無知で無力ですが、そのことがなぜか嬉しかった。
足りないものも余るものも なにもなくここにいました。








生きていると素晴らしいことに出会える。