morocco,medina

すっきりした目覚めで目が覚める。
ハードだった昨日の割には早起きの9時。
グレッグはたくさん夢を見たという。


アクセルたちはまだねているようで、僕らは順番にシャワーを浴びる。
いろいろあって久しぶりの湯浴みだ。
朝食の準備が出来たところで昨日食事を取った寝室へ。
ハッサンはどこかへ出かけたらしい、三人でいただきます。
丸いモロッコのパンとモロッコでは定番らしい白いどろっとしたスープ。
穀物で出来ているようでおかゆのようだ。
パンにはジャムとオイルをつける。
このオイルが変わっていて説明ではある種の植物の果実をまずヤギが食べるのだという。
そのヤギがした糞から種を取り出してそれから作ったオイルで身体にいいらしい。
面白すぎる。これがうまいのだ。
朝食中も話が弾み、お茶は進み、果物はおいしい。
 
 

ちょっと休憩したらtubaを出して吹いてみる。
無事に故障もない、この中庭というかパティオというのだろうか、四角く空が見える空間は
周りにとても反響して心地よいが、響きすぎが気になって隣の部屋に移って吹く。
ここにはグナワの弦楽器ゲンブリがたくさん並んでいる。
ハッサンはマーレムであり、ゲンブリの製作者でもある。
グレッグのゲンブリは彼の手によるものだ。
きれいなじゅうたんとソファーの部屋で楽器を吹く。心地よい。


部屋においてあるCDを手に取ると、僕が怪我で倒れたあとに横沢さんから貰ったグナワのCDがある。
これもっているんだ、というと、ジャケットの左の写真を見ろという。
ハッサンだ。
信じられない、倒れたあとにプレゼントされたもう日本では手に入らないというこのCDの中に
ここの主人であるハッサン当人が入っていたなんて。
今回の旅でも持ち歩いているのだ。
この広大な世界でこんな結びつきと出会いがあるものか、と絶句して感動する。
怪我が完治するまで毎日聞いていたんだ、というと、あなたはすでにグナワでキュアしたのね、
とアクセルが言う。
彼女はスピリチュアルに関する事柄をしているらしい。
ハッサンの母親はいわゆるグナワの巫女で強烈だということ。
いろいろなすごい話を聞く。
今度ここであるというリラ、リチュアルとも言われる聖なる儀式では羊も捧げられる。
どんなとんでもないことが起こるのだろう。


そうこうしているうちにハッサンが小さな子を連れて帰ってきた。
さっきの話をグレッグに伝えてもらう。
小さく驚いた顔のあと、微笑んで、そういうことが自分の身には良くあるのだ、という。
この痩身の小柄な老人に、とてつもないことがあることを実感する。
マーレムとはただの演奏家ではなく、もっとスピリチュアルなものに直接通じているようだ。
ここでお互いにスピリチュアルについて話をする。
日本ではこの言葉は少し禁句めいたものになっている。
口にするもののほとんどは偽者か商売者か病人で、本当にその世界に通じている人は
あえて口にしないような気がする。
昔はもっとそういうことも生活に根ざしていたのだろうけど、今の日本の生活では実感するのは難しい。
ここには生活とともに、こういった形のないものの重要さが実感を伴うようだ。
ここにある空気は、文章はおろか何も再現できない。
この時点で着てよかった、と心のそこから思った。


この部屋に食事が運ばれ始めた。
少しだけ羊肉の入った野菜のタジンとパン、お茶と果物はつきものだ。
肉が入っている分、味が深い、しかし昨日もそうだったが何よりジャガイモがうまい。
昔食べたような、懐かしい味、土の香りがしてねっとりと濃厚だ。
右手だけを使ってすくって食べるのも少しだけ慣れてきた。
おいしくご馳走様。


ハッサンと談笑していると僕に向かって何かをいった。
ハムダ。
僕の新しい名前だそうだ。
突然のことに驚くがとても嬉しい。
そう、名前というのは自分でつけるものではなく、人が与えてくれるものだ。
グレッグにもアクセルにも、ハッサンのつけた名前があるらしい。
どれもグナワの歴史と歌の中に由来がある。
僕の名前には兄弟の意味と赤を意味する事柄があるらしい。


ふと気がつくと足元に亀の置きものがある、と思ってつついたら本物だった、陸亀だ。

なにげなくこんなところにいるなんて、さすがここはアフリカ大陸だ。
もうそろそろ寒いのであんまり動かないらしい。
亀を前に口琴を演奏。アクセルも挑戦。
口琴を置いたらハッサンがゲンブリを弾き始めた。
柔らかな、けして大きくはない音、しかし独特の深み。
習っているグレッグには悪いけど、音がものすごい違う。
リズムの多様さも桁違いだ。
アクセルがカルカバという金属製のカスタネットを三つ持ってきて配り、演奏の輪が始まった。
みようみまねで初カルカバ。これが非常に難しい。
アフリカ系のさまざまな打楽器のような多様な違いはないのだが、
似たようなある独特のリズム(聴いたことのある人はすぐわかるだろう)のなかに
ものすごくあいまいに心地よく、不思議な揺れ具合で変化する、特殊なリズムだ。
スクエアな4にも揺らぐ三連にも、付点で細かく刻まれるはねるリズムにも聞こえる。
どれもが正解で、どれも違う気がする。


音色もこう、ぶつかり合う金属の部分の微妙なぶつかり方で、何かを挟み込んでいるような
クワシャッってな面白い音がして、一音であってもただ棒で板をたたくような単調な音ではない。
この音を繰り返し聞いていると、なんだかものすごい変容した気持ちになってくる。
しかも自分の手元からそれがするのだ!
ゲンブリが低く優しく唸り、ハッサンが朗々と穏やかな声で歌い上げる。
アクセルとグレッグと三人でカルカバを鳴らし続ける、至福の時間。
たまにグレッグがゲンブリを持って交代し、新しく習ったリズムや曲を試す。
そのときにはハッサンはカルカバを持ちリズムを先導して歌う。
カルカバのリズムも、もう全然違う。
必死に追いかけるのだが、リラックスしているのが必要なのはわかるので
とにかく考えずに力を抜きながら集中して専念する。
とてつもない気持ちよさ、いままでなったことのない感じ。
トランスのひとつの扉なのだろうか。
どれだけでも続けてやれそうな気がする。
 

かなり長い時間やっていたのだろう、気がつけば夕方になっていた。
すごい体験をした。
終わってからもグレッグとハッサンはじゃれあうように非常に仲良くしている。
この家族的な雰囲気、すばらしい。


ここに来てから一度も外に出ていないのでさすがに少しは散歩しようかということに。
グレッグに連れて行ってもらって初めて外に出る。
このあたりはメディナ、どこまでも壁に包まれた巨大な迷路のような町。
壁のように続く商店にはありとあらゆるものが並び、人が群がっている。
道には無法に車、自転車、バイク、そして馬車が行きかい、気をつけないと轢かれそうになる。
中世と現代が同居しているようなとてつもないカオスにいきなり圧倒される
うわさには聞いていたが物売りが多い、しかも押し売り気味なのが多い。
シノワだのコンニチワだの、かしましい、というかやかましい。
マイフレンド、といってくるやつは間違いなく友達にもなれそうにもない。
もうきりがない。
そうこうしているうちに、有名な広場に到着。
あちこちに煌々と電灯がつき屋台が立ち並び飲食店を中心ににぎやかだ。
どれも客引きが残念なことに強引で入る気がまったくなくなる。
広場の一角ではミュージシャンの集団がバンドで演奏している、
少し立ち止まるとあっという間に金を請求する、その感じは、まああまりよくない。
良い演奏であるかを確かめてから払いたいものだが、5秒も見ていると来る。
グレッグが小銭を渡したところは比較的長く見た。
どこも編成は似ていて、フレームドラムのベンディール、ダラブッカ、バイオリンかギターはプリミティブに電化されているものがおおい。
複雑で荒々しい三連系のリズムの上でひずんだメロディ、そして何より馬鹿でかい声で歌われるド迫力の歌。
シャービーだ、マグレブのポップスのひとつ。
落ち着いて聞きたいのだが、金せびるのと物売りなどがどんどんやってきて落ち着かない。
そぞろ歩いてあちこち聞いて回る。
金稼ぎの路上演奏にしろ、なんかすごい迫力である、媚びているというより強烈だ。


このあともカスバの中を歩き、王宮の一部も歩いた。
途中でグレッグのお気に入りの菓子屋で甘いものを買い食い、これが道で叫びだすほど甘かった。
最後に振っていたのはローズウォーターだっけ、非常に不思議な香りもする。
甘いとはハルワァ、というらしい。ハルワァ!


メディナのほうに戻るとまた物売りや声かけてくる奴が増えて正直うっとうしい。
それと車やバイクの排気ガスがすごくて頭が痛くなりそうだ。
それに煌々と照る電灯、物売りやなんやの馬鹿でかい声、どこまでも続く古い壁、
天辺に巣を作るたくさんのコウノトリ、道の馬糞、聞こえてくる音楽のすごさ。
もう完全に異世界の夢の中だ。


昼間のハッサン邸の感じがゆったりとした聖なら、ここは猛烈にどろどろした俗のかたまりだ。
この二つの狭間に人間がたくさん住んでいる、これがモロッコなのだろうか。
初めてのムスリムの国で、自分が揺れ動くのがわかる。
人が濃い、ストロングキャラクターというのかなんというか強くて濃い気がする。
うっかりしていられないのだ。


帰り際に八百屋の屋台によって野菜を買い乾物屋で米と豆を買った。
今日の夕食はグレッグが作ってくれるらしい。
少しだけ手伝って、一人の作業もし、ちょっとだけ横になる。
4人がそろった時点で食事開始。
えんどう豆の味が優しくておいしい。
日本人にとってどれだけ米が大切なもの(だった)か、という話題になる。


結構早めに眠くなる。
この調子で12日間禁酒ですごすのも悪くない。
甘いものと飛び切り甘いお茶が毎日山のようにあるから差し引きゼロのような気もするけど。
お茶と音楽と甘いものと、異様に濃いもので毎日が飛んでいきそうだ。
グレッグとアクセルとハッサンと、たわいもないことで笑いあいながら過ごす穏やかな時間が好きだ。
家の中と外であまりギャップがありすぎる。
わざわざモロッコに来ているのに、出不精になりそうだ。
少しだけ本を読んで就寝する。