森山威男 2DAYS

at新宿ピットイン
森山威男ds 川嶋哲郎ts 佐藤芳明acc 田中信正p 高岡大祐tuba


森山さんとは初共演だが一度やりかけたことがあった。
川嶋さんの企画でよんでもらったのだけど、
イベント自体がなくなった。
今回のお誘いは、たしか坂田明さんとピットインのマネージャー鈴木さんの推薦もあったのだと思う。
(打ち上げで詳細が判明する)
久々にお見かけした森山さんは、かなり痩せていた。
年初に大病されたと聞いていたが、元気そうでもあった。


前日に気がついていたけど、この編成はベースレス。
僕はベースラインをやるのかホーンとしているのか。
聞いとけばよかった。
板さんの渡良瀬を除いて、全部曲は初めてのものばかり。
難物は山下洋輔トリオの名曲「キアズマ」。吹けてもtubaだと何やってるかはっきりしない。
結局リハーサルで全曲、ベースもやった。
それでソロも取ると全部ずっとやってることになる。
循環呼吸の鬼。


本番では結構抜いて、ピットインのウェブにも書いてあったけど、
ソロ、デュオ、トリオ、カルテット、クインテット
と様々な組み合わせで編成を変える演奏をした。
これはジャズというよりも、僕が即興寄りの人間だからかも知れない。
(僕はたくさんのジャズが好きだし、ジャズミュージシャンと共演が多いが、
自分はジャズミュージシャンではない、と思っている)
正直言って、この凄腕メンバーの中でベースパートを吹くことは
(ほぼ循環呼吸で高速タンギングを続けることになる)
容易いことではないが、
しかし、やってとても良かったと思っている。


森山さんのあの強烈にして華麗なドラミングのスピード感と
自分の息だけのベースでいけるかな、
と思ったけど、聴くだけとは違い、間近で一緒に演奏すると
森山さんのドラムはスピード感がありながら、ものすごくゆったりと大きなスペースを感じた。
一小節くらいの区切りでも、時間が長く感じられる。
ドラムとベースはパートナーシップというか、
ピッチャーとキャッチャー、夫婦のような関係になるので、
メロディやソロを取るよりも、そのゆったりと大きなグルーブを感じやすかったかもしれない。


このメンバー皆さんならではの、どうなってもいいおおらかさに、
大きく助けられました。
どうも、楽しんでいただけたみたいです。
tubaで、あんなこともこんなこともやれるんだねえ、と森山さん。
楽しんでもらえただろうか。
それなら何より嬉しい。


終わって乾杯、
そういえば信正さんとは、ものすごく昔に廣木光一さんとやって以来、ちょくちょく顔合わせしていたけど、
なんと長いこと共演していなかったのか!
どの形態で演奏していても、いつも素晴らしいピアニスト。
佐藤さんも久々過ぎていつ以来だか。
素晴らしいテクニシャンなのは当然、それを超えてぶっ飛んだ狂気とエネルギーが最高。
川嶋さんは語る必要不要のジャズミュージシャン、彼はライブ前に一人で淡々黙々とピアノを弾いているんだけど、
それもすごく好き。


僕という人間は、
あまり楽しみのない、
ありていにいう、とつまらない人間なので、
人に楽しんでもらえたり、喜んでもらえたりするのが、
どうも好きみたいで、
僕で面白がってくれれば、嬉しいです。
好きなミュージシャンなら、なおさら。


森山さんとお客さんたちの打ち上げに少し参加。
一緒に飲み食いしながらお話した中で、
低音が欲しかったけどベースじゃない、バリトンサックスだとアタックが弱い、チューバだとどうだろう、
というと、お世話をしている藤森さんという方が、
僕を推してくれた、というのがきっかけのよう。


なんというか、
自分が今までやってきたことも、そんなに無意味でも無駄でもなかったんだなあ、
誰か知らないところでも、人は見てるんだと、
半ば恐れながら、思いました。


今まで生きてて、成果を手に出来た、と思えたことが
どれも一度限りの錯覚でしかなかったから、
まだ怖いのだけど。
楽しいのは、幸せなのは、今だけではないかと。
いつも、あとで思い知らされる。
一度きり。
時間とともに、凍りつくような思い。
それでも、なお、ありのままでしかいられないというのは、
良い悪いを超えて、どうなんだろう。


この夜は、初めてやる曲が殆どで、
その中に亡くなられた井上淑彦さんのバラードが幾つかありました。


共演メンバーの皆さんは長らくご一緒されていた、
僕は数度ステージを見たことがあるくらいで、あったこともないプレイヤー。
どんな人だったか、知らない人の曲をやる事で、
その人に触れたような気持ちになる時がある。
錯覚かもしれない。


なぜここにこの音があり、こう進むのか。
そこにはその人が真剣に思ったものが形として結実していて、
それを感じる、と思う。


最後に演奏した、ずっと…という曲。
ずっと、その後は何だったのだろう、と森山さんはいった。
それが何だったのかは、誰にもわからない。
でもなんだか、まだこの世からいなくなるつもりは、
なかったんじゃないか、と演奏しながら思った。
そんな気持ちを曲に残して、
死ぬというのは、どういうことなのだろうか。


エンディングのコーダが一小節欠けた七小節を四回繰り返す。
ずっと、であり、もっと!という風に感じた。
くやしい。
僕もその時が来たときは、ずっと、もっと、と思い続けるかもしれない。
終わったあとは、そんなことばかり考えていた。


ともあれ、ありがとうございました。
素晴らしい演奏家の皆さんと共演できて夢見心地のライブでした。